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 ナギと目が合ったと思ったら、突然ナギが踵を返す。ジャックは慌ててナギを追い掛けると、ナギは歩きながら「状況を話せ」と言った。


「え、状況って?」
「ローシャナの時の状況だ。メイに何があったんだよ」


 ナギはさっきよりも幾分か落ち着いていて、カルラの時と同様ジャックは感心する。顔はしかめたままだが、声や態度はだいぶ軟化していた。
 ジャックはナギの少し後ろを歩きながら口を開く。


「まぁ、作戦事態は順調だったよー。最後の最後に、て感じ」
「その最後に、何があったんだ?」
「……それはね」


 僕のせい、なんだ。
 ジャックがそう呟くとナギの足が止まる。そしてゆっくりジャックに振り返った。ナギの顔は歪んだままで、ピリピリとした空気が二人を包む。ナギの目を真っ直ぐ見据えるジャックに「どういうことだ」とナギが問い掛けた。


「僕が油断してたせいでメイが傷付いた」
「油断?」
「青龍人に襲われそうになってた僕を、メイが庇ったんだ」


 ぐっと拳を握る。あの時、自分が油断していなかったらメイが傷付くこともなかった。血を流すことはなかった。でも、過去には戻れない。あの時の自分が憎くて堪らなかった。
 ナギはジャックの言葉を聞いて、何かを語ることはなく再び歩き出す。ナギのその反応に、ジャックは声をあげた。


「せ、責めないの?!」
「…何が?」
「僕のせいでこうなったのに、僕が油断してたから…」
「お前を責めたところでどうにもなんねぇだろ」


 めんどくさそうに言うナギに、ジャックは眉間にしわを寄せる。好きな相手を傷付けた本人が目の前にいるのに、どうしてそう言えるのか、ジャックには理解できなかった。
 ジャックはナギの背中を追い掛けて左肩を掴んだ。


「どうしてそう言えるのさ。僕がメイを傷付けたのに、メイを守れなかったのに、なんで何も言わないの、なんで責めないんだよ…!」


 ナギの肩を掴む手に力が入る。
 ジャックのせいでこうなった、メイの傍にいながらどうして守れなかったのだと。仕方ない、運がなかった、それだけでは片付けられないほど、ジャックは後悔していた。
 おもむろにナギがジャックに振り返る。ジャックの表情を見てナギは眉を寄せた。


「自分で自分を責めてる奴に追い討ちかけるようなこと言ってなんになる?誰かに責めてもらって、やっぱり自分のせいだ、自分が守れなかったからって再確認したいだけかよ。再確認しないとわかんねぇくらい、後悔してないのか?」
「…………」
「後悔してんだろ、十分。だから俺はお前に何も言うことはない。それと、誰もジャックを責めやしねぇよ」


 そう言ってナギはジャックの手を振り払って歩き出す。ジャックには先を行くナギの背中がやけに大きく見えた。



 それから二人は無言のまま、メイの部屋の前へと辿り着く。ナギが扉を叩くと、部屋の中からカルラの陽気な返事が聞こえてきた。


「はいはい。意外と遅かったわね、って、ナギも来たの?」
「あぁ、男子寮でこいつに会って話聞いた。容態は?」
「顔色はだいぶ良くなったわよ。さっき医療課から人派遣してもらって診てもらったところ。傷口も塞がってるし、安定はしてる。ただ、いつ目が覚めるかわからないってとこかしら」


 カルラの言葉にジャックは少しだけ安堵する。ナギはカルラの話を聞いたあと、息を吐いてメイの部屋に足を踏み入れた。ジャックもナギに続いて入っていく。
 メイの顔を覗き込むと、カルラの言う通り運んだときよりも顔色は良くなっていた。カルラのお陰でメイは部屋着に着せ替えられていて、首もとには白い包帯が巻かれている。傷口は塞がっているけれど、傷跡が残っていたらしい。ジャックとナギが並んでメイを見つめる姿に、カルラは小さく笑った。


「…何笑ってんだよ」
「いいえー?別にー?」
「ったく…おい、ジャック」
「うえっ?!な、なぁに?」
「今帰ってきたばっかりなんだろ?他のやつらは?」
「あぁそれなら今こっちに向かってるよー。僕らはメイのチョコボで帰ってきたから」
「…ふぅん」


 そう呟くとナギは踵を返す。カルラがナギに「もういいの?」と問い掛けると、ナギはカルラに振り返り「やることあるからさ」と苦笑いを浮かべメイの部屋を後にした。ナギが出ていったあと、カルラはジャックに振り返る。


「…あなたはいいの?」
「えっ、僕?」
「任務から帰ってきたばかりでしょ?報告書書かなきゃいけないんじゃない?」
「あ、あー…報告書…」
「それに0組の皆にも知らせてあげなよ。メイの容態をさ」


 カルラの言葉にジャックは仲間の顔が脳裏に浮かぶ。確かに知らせたほうがいいかもしれない。でも一人にしても大丈夫だろうか。そう思ったジャックはメイの顔をちらりと見たあと、カルラに視線を向ける。ジャックの言いたいことがわかったのか、カルラは苦笑いしながら「メイなら私に任せといて」と口にした。