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 ジャックの視線に気付いたカルラは笑みを作り、口を開いた。


「それより、あなたメイの血で制服やばいことになってるけど大丈夫?」
「へ?あ、あぁ、そういえばそうだねぇ…」
「着替えて来なさいよ。メイの服装も何とかしなくちゃいけないしね」


 そう言って腕を捲るカルラにジャックは首を傾げる。何とかしなくちゃいけないとはどういうことなのか、さっぱりわからず呆然としていると、カルラは呆れたように溜め息を吐いた。


「血生臭い制服のままじゃメイがかわいそうでしょ。ジャックじゃ、メイの服着せ替えられないだろうし」
「あ、そういうことねー。大丈夫!着せ替えくらい何とかなるから!」
「…あのねぇ、遠回しに出てけって言ってんの。彼氏だろうがなんだろうが、意識のない女の子の着せ替えをやらせるわけにはいかないでしょ」
「えぇ…僕、そんなに信用ないかなぁ…」
「私も後でメイに怒られたくないからね。ほら、出てった出てった!早くあなたも着替えてきなさい!」


 カルラに背中を押され、ジャックは強制的にメイの部屋を閉め出される。ご丁寧に鍵までかけられてしまい、ジャックはがくりと肩を落とした。
 ふと血のついた制服が目に入る。服を少しつまんでみれば、血が乾いたせいでカピカピになっていた。メイの血だし別にこのままでも、と思ったジャックだったが、ハッと我に返ると思いきり首を横に振った。


「(メイの血だからってさすがにこのままじゃ変人通り越して変態扱いされちゃうかもなぁ…)」


 既に本人から変態認定されていることなど今のジャックは知るよしもなかった。
 仕方ない、そう思いながら息を吐くと自室に向かって歩き出した。

 魔法陣から男子寮へと向かう。自室に向かう途中で、ジャックは今一番会いたくない相手と出会ってしまった。


「お、ローシャナから帰ってきたのか。お疲れー」
「…………」


 手を上げて笑いながら近付いてくるナギに、ジャックはナギから視線を逸らす。いつもと違う様子にナギは首を傾げた。ふとジャックの制服についている血を見て顔をしかめる。


「うわ、派手に染まってんなぁ…大丈夫かよ。つーかこれお前の血?」
「…違うよ」
「……テンション低いな。なんかあったのか?」


 ナギは腰に手を当てながらジャックを見ていると、不意にジャックがメイの名前を呟く。その名前にナギの眉根がピクリと反応し、そして勢いよくジャックに掴みかかった。


「メイに何かあったのか?!」
「…………」


 本当なら「何にもないに決まってるじゃん。ナギってば本当心配性だよねぇ」と笑って返したかった。けれど、そんなことできるはずがない。好きな相手を想う気持ちを知っているからこそ、ナギには嘘をつけなかったし、つきたくなかった。
 そんなジャックの胸中など知らずに、ナギは急かすようにどすの利いた声でジャックの名前を呼ぶ。


「おい、聞いてんのかジャック!」
「…今、カルラがメイの服を着替えさせてくれてるから」
「はあ?……詳しく話せ」


 有無を言わせないというようなナギを見て、ジャックは溜め息にも似た息を吐く。徐にナギの腕を掴むと、目線を合わせた。


「詳しく話すから、離してくれない?」
「………」


 ジャックの表情に、いつものような笑みはない。ナギもジャックの表情を見て悟ったのか、ジャックから手を離した。
 二人の間に沈黙が流れる。それを先に破ったのはジャックだった。


「とにかくさ、僕も服着替えたいから歩きながらでもいい?」
「…あぁ」


 そう言うとジャックは足を踏み出す。ナギは自分の少し後ろにいるからか表情が見えない。どんな表情をしているのか少し興味が湧いたが、見ようとは思わなかった。


「メイを覚えてるってことはメイは生きてる証拠なんだけど」
「その血の量を見て生きてるって断言できんのかよ」
「…まぁ、でも覚えてるんだから生きてるんだよ」


 "今は"。そう言いかけて、ジャックは言葉を飲み込む。"今は"生きている、でも"もしかしたら死ぬかもしれない"なんて冗談でも言いたくないし思いたくもなかった。
 ジャックの言葉にナギは舌打ちをする。


「詳しく話せっつってんだろ。焦らすんじゃねぇ」


 苛々しているのが伝わってくる。ナギから殺気すらも感じられ、眉間にしわを寄せながらジャックは口を開いた。


「…ごめん。部屋着いたから、ちょっと着替えてくる」
「てめぇ…」


 ナギの怒号が飛んでくる前にジャックは扉を開けて自室に飛び込む。扉を閉めたあと、扉越しにナギの溜め息がジャックの耳に入った。
 血で濡れてしまった制服を脱ぎながら、ナギにどう説明しようか考える。考えるといってもあのナギのことだ、正直に話さないといつまでも解放してくれないだろう。状況が状況だったとしてもナギは多分激怒するだろうし、もしかしたら殴られたりするかもしれない。それくらいの覚悟はあるつもりだ。いっそのこと責めてほしい。お前のせいでこうなったのだ、と。
 そう思いながら服を着替え終えたジャックは重い扉を開ける。すると壁にもたれ腕を組んでいる不機嫌そうな顔をしたナギと目が合った。