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 ニンジャチョコボは自分達が乗ってきた普通のチョコボよりも断然速くて、ジャックは改めて感心した。エースたちと別れてからものの数分で朱雀と蒼龍の国境を越え、エイボン地方へと入る。メイが意識を失っている今、メイを抱き抱えるジャックからは彼女の顔色を伺えなかった。その代わり自分の胸からお腹にかけてメイの体温を感じられる。身体が温かいことに安堵するけれど、危ない状態なのには変わりない。
 エイボン地方からルブルム地方に入り魔導院を視界に捉えると、手綱を持つ手に自然と力が入る。ふと、魔導院に帰ったあとメイをどうすればいいのかと考えた。


「(マザーのところは……駄目だよなぁ、注意されちゃったし…)」


 ジャックはビッグブリッジから帰ってきた日の検診でメイに深入りするなと言われていたのを思い出す。しかし、アレシアに言われたにも関わらずジャックはメイと離れようとは考えなかった。それだけジャックの中でメイという存在が大きかったのだろう。それゆえ、アレシアのところに彼女を連れていったとしても門前払いされるのは目に見えていた。
 ニンジャチョコボの足は止まらずとうとうマクタイの町を通り越してしまった。とりあえず着いたらすぐに医療課へ足を運ぼうと思い至る。
 ニンジャチョコボは魔導院の正面ゲートの前で足を止める。チョコボが来れるのはここまでだった。ジャックはチョコボから降りてメイを背負うとチョコボに振り返る。


「運んでくれてありがとうね」


 ジャックがそう言うとチョコボはそんなこといいからさっさと行けと言わんばかりに嘴でメイの背中越しにジャックを押す。医療課へ行けば治療できるだろうと思いながら、魔導院の正面ゲートの扉を開けた。
 噴水広場を駆け抜ける。もちろんメイを背負っているのだから全速力とは言えないけれど。0組である彼が誰かを背負っている姿に、すれ違う誰もが目を丸くしてジャックを見ていた。でも、誰も声をかけようとはしない。ジャックが背負っている彼女の服は、血でほとんど真っ赤に染まっていたからだ。あの血の量はきっともうすぐ死ぬのだろうと、そう誰もが思っていた。
 ジャックはすれ違う候補生を横目に、エントランスに飛び込む。魔法陣を目の前にしてふと自分が医療課の場所を知らないことに気付き、足を止めた。
 自分達は怪我をしてもだいたい魔法で何とかするかアレシアに診てもらうかで、医療課なんて行った例しがない。こういうときに限って、と歯を食い縛ると同時に目の前の魔法陣が起動した。


「!」
「あら、あなたはメイの彼氏の」
「カルラー!」
「えっ?!なに、いきなり!?」


 突然自分の名前をあげるジャックにカルラはぎょっとする。ジャックに背負われている誰かに気付いたカルラは眉をひそめた。見たことのある容姿と、制服が赤で染まっている彼女にカルラの顔色はみるみる青ざめる。


「ね、ねぇ、まさかその人、メイ…なの?」


 カルラが声を震わせながらジャックに問い掛けるが、ジャックはその問いに答えるより先に「医療課はどこ?!」と必死な形相でカルラに詰め寄った。


「い、医療課?それなら魔法陣で…」


 そう言いかけてカルラは口をつぐむ。その先を知りたいジャックは眉をひそめながら首を傾げた。


「魔法陣で、なに?」
「……医療課は今は駄目よ」
「えっ?!」
「この間の大戦で医療課のベッドに今空きがないの。訓練生の宿舎から持ってきてるくらいだし」
「じゃ、じゃあどうすれば…」
「メイのことを覚えてるってことはまだ生きてるのよね?」


 カルラはジャックを真っ直ぐ見据える。メイを見た瞬間、動揺していた彼女はものの数分で冷静さを取り戻していた。
 ジャックはカルラの意外性に感心しながら首を縦に振ると、カルラは顎に手を当てて何か考え事をしたあと、踵を返す。


「とりあえずメイの部屋に運んだほうがいいわ」
「メイの部屋に?」
「医療課のベッドが使えないんだから仕方ないでしょ。それに、その真っ赤な制服も何とかしなくちゃ」


 そう言うとカルラは魔法陣で女子寮に向かう。慌ててジャックもカルラの後を追うため魔法陣で女子寮に向かった。
 メイの部屋に着くとカルラに促されジャックはメイをベッドに寝かせる。メイの顔色は青白く、本当に生きているのかと不安になった。ジャックはそっと手を触る。メイの手は温かかった。


「顔色は良くなさそうね…」
「うん…でもトレイが血は止まってるし傷口も塞がってるって…」
「傷口が塞がって血が止まっても意識がないんじゃあ瀕死なのと変わらないわ。それにいつ意識が戻るかもわからないからね…多分、ここからはメイ次第よ。私たちにできることはない」


 淡々と言うカルラにジャックは眉間にしわを寄せる。
 カルラはメイと仲が良かったはずだ。メイからお金を借りる仲なのに、そんな淡々と言うなんて薄情すぎやしないか。
 そう思いながらカルラに振り返る。そんなジャックの目に映ったのはカルラの悲しそうな顔だった。