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 映像に映るドクターをじっと見つめる。
 紛い物とはどういうことだろう。私のことか、それとも映像の中にいる候補生に言っているのか。ドクターは映像の中にいるはずなのに、まるで私を見て言っているように聞こえた。


『紛い物?…私の、ことですか?』
『そう。人間のようで人間ではない…あなたは"異質な存在"なのよ』


 その言葉に目を見張る。あの時と同じことを口にするドクターに、私の鼓動が速くなっていく。映像に映るドクターの表情はあの時と同じだった。


『お話はここまで。直にこの世界は総て消え、また新しい世界が生まれる。その前に、あなたの魂を回収させてもらうわ』


 ドクターの手がすっと近付いてくる。その手がやけに大きく感じた私は、思わず息を呑んだ。映像なのに迫力ある掌に恐怖を感じて、咄嗟に目を瞑る。


『…また、消えるのね』


 ドクターのそう呟く声が聞こえ、おそるおそる目を開ける。映像にはドクターの後ろ姿が映し出されていて、女子候補生は既にいなかった。


『本当に…何者なのかしら』


 そう呟きながら空を見上げるドクターを最後に、映像はプツリと消えてしまった。
 また暗闇に戻される。動悸は未だ治まらず心臓を掴むかのように胸を押さえ、蹲るように体を折り曲げた。

 "私"がなんだと言うのか。"私"は何をすればよかったと言うのか。問い掛けに答えてくれる者はいない。一人で答えを導き出さなければならないことは百も承知だ。それには、まだ糸口が見つからない。情報が少なすぎる。
 そう思っていると、それに応えるようにまた映像が映し出された。次に映し出されたのは一人の少女だった。
 まだ幼いだろう少女の傍には、クァールやボム、それにヨクリュウやトンベリ、その他にも様々なモンスターが群がっている。おかしな光景に眉を寄せると、少女の真上から青い光が降り注いだ。
 少女は顔をあげて、上を見上げている。不意に誰かの声が頭の中に響いてきた。


『我らの化身として、限りない輪廻の終焉を、刻が来るその時まで、見届けよ』
『時が満ちた暁には、輪廻に終止符を、魂を呪縛から解き放たん』
『化身である主に、我らの力を与えん』


 青い光が赤くなり、赤い光が白くなり、白い光が黒くなり、そしてそこで映像は消えてしまった。何が何だかわからずただただ呆然と映像を見つめる。
 首を傾げる私に、休む暇を与えんとばかりにまた次の映像が映し出された。



 どれくらい見ているのだろう。始まりはそれぞれ異なり、経過もまた違う。ただ唯一共通点があるとするならば、クリスタルが統一された瞬間、空が赤く染まり、誰かが何かと戦って負ける姿だった。その度にドクターが現れ、世界をやり直していく。
 クリスタルが生まれ、人が生まれ、クリスタルを巡って争い、争った果てに待っているものは人々を惨殺していくあの化け物の光景。救われることなどない。救う手立てもない。人々が死に絶えたとき、ドクターがまた世界をやり直す。
 私はただ、それを傍観することしかできなかった。音声はあのあとから一切聞こえることなく、次々と映り行く映像を見つめる。
 朱雀と玄武が戦う場面、蒼龍と玄武が戦う場面、白虎と蒼龍が戦う場面、見てきたことがない様々な場面と共に映るのは、ほとんど顔見知りの人ばかりだった。
 でも、そんな惨い場面ばかりではない。戦争の合間には人々の楽しそうに過ごす様子も映し出されていた。その中に0組の皆の楽しそうに笑う姿も映し出されていて、画面越しから私に向けて微笑む姿もあった。その姿が映し出されるたびに、胸が締め付けられる。
 繰り返される物語の中で0組の皆だけは最後まで生きていて、クリスタルが統一されたとき、空は真っ赤に染まり結局化け物に殺される。何回も何回もそれは繰り返され、結果も毎回同じだった。
 扉が開くまで続ける、とドクターは言っていた。何度も世界を繰り返しているということは、まだ一度も扉は開かれていないということ。だとしたら、もしかしたら今回も――。


「(…あぁ、そうか)」


 映像が流れるのを見ながら悟る。"私"が生まれた理由、それは既にクリスタルから導き出されていた。それを私自身が気付こうとせず、ただ逃げていただけ。"紛い物"から"人間"になりたくて、真実から目を逸らしていたんだ。
 "私"は今まで自由に生きながら、好きな時に死を選び、世界の終わりを眺めていた。時が来るまで、そう思いながら人々の死や想いを、他人事のように眺めていた。
 けれど何回も繰り返される世界の中を人間と共に過ごしたせいで、やがて他人事じゃなくなった。0組の皆がいて、ナギやムツキがいて、リィドさんやカルラ、クオンがいて。クラサメ隊長やカヅサさん、他にも色んな人々と関わって。間近で人の想いを受け取ることで考えが変わった"紛い物"は"人間"に憧れて"人間"になりたいと必死になっていたのだ。"紛い物"は"紛い物"でしかないのに。


「そういう、ことかぁ…」


 前を見据えながら唇を噛む。未だ止まることのない映像をひとつひとつ心の中に刻み込むように見つめるのだった。