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ふと気付くと、辺りは真っ暗だった。青龍人の攻撃を確かに受けたはずなのに、体に痛みはない。右往左往するも暗闇から抜けられることはなく、立ち尽くすしかなかった。 不意に私の目の前に白い映像が映し出される。膝の後ろに何かが当たって反射的に振り返ると、さっきは見当たらなかった椅子がひとつ置いてあった。
「…座って見ろってこと?」
その問い掛けに答えてくれる人がいるはずもなく、私は仕方なくその椅子に腰をかける。顔をあげてその映像をじっと見つめていると映像が真っ暗になった。 意味がわからず眉を寄せていると、突然魔導院が映像に映し出された。今と何も変わらない魔導院に集う候補生たち。音声など一切ない。その無声映像を凝視していたら、ぱっとエントランスらしき場所に視点が変わった。 エントランスには沢山の候補生がいて、皆楽しそうに笑っている。ふと片隅を見ると、見覚えのある顔が目に飛び込んできた。
「…け、ケイト…?」
いや、そんなまさか。そう思うけれど目の前の映像に映っているのはケイト本人かと思うくらい似ていて、私は自分の目を疑った。目を凝らしてケイトを見ようとしたら、また場面が変わる。 今度は教室の風景が映し出された。どこの教室かはわからない。そこにいる候補生のマントの色は全員バラバラで、どこの組の教室まではわからなかった。 そこに、今度はセブンに似ている人物が目に入る。ケイトと同じく本人かと思うくらいそっくりで、私は思わず息を呑んだ。候補生数人に迫られて困惑するところなんかセブンにそっくりだった。 次に映し出されたのは裏庭で、そこにはレムとマキナ(のそっくりさん)が映っている。二人とも穏やかに談笑する姿がやけに懐かしく思えた。その二人に朱雀兵の格好をした男の人が割って入る。呆れるマキナとそれを笑うレム、そしてマキナの肩に腕を回す朱雀兵は私から見てもすごく仲が良さそうだった。 その次は噴水広場。そこにはシンクとデュースに似た人が楽しそうに談笑していた。似た人、というより本人そのものなのかもしれない。こんなに酷似しているなんて、偶然とは思えなかった。 クリスタリウムにはクイーンとトレイが勉強をしていて、その近くにクオンが分厚い本を持ちながら立って読んでいる。見れば見るほど本人にしか見えてこなくて、私は食い入るように映像を見つめた。 リフレッシュルームにはサイスさんとナインがジュースらしきもので飲み比べしていて、カルラがそれを煽って、ナギが呆れたように頬杖をついていた。 武装研究所にはキングとムツキとリィドさんがいて、キングは文官と話していて、ムツキは真剣な表情で爆弾と向き合っている。リィドさんは自身の武器の調整を行ってる様子が映った。 闘技場にはエイトの鍛錬している様子が映り、チョコボ牧場にはエースがチョコボと戯れている様子が映し出される。 そしてテラスに場面が変わり目に映ったのは、テラスのベンチに座るジャックの後ろ姿と一人の女子候補生だった。ジャックだというのは後ろ姿からしてわかるけれど、女子候補生の正体はわからない。不意に見えたジャックの横顔がすごく嬉しそうに笑っていて、少し胸が苦しくなった。
「…変な、感じ」
手を握り締めながら映像を見つめる。身振り手振りで何かを説明するジャックがおかしくて、自然と頬が緩んだ。 そこに、突然空が真っ赤に染まる。立ち上がる二人を最後にその映像が消え、次に映ったのはドクター・アレシアの後ろ姿だった。 煙管から出る紫煙が立ち上る。ドクターは窓から空を見上げていた。
『今度はどうなるかしら?』
凛とした声が響く。さっきまで無声映像だったのにドクターの声ははっきりと私の耳に届いた。ドクターの言葉に眉を寄せるとすぐに場面が変わった。 次に映し出されたのは、倒れている候補生の姿だった。大きなナニかが候補生に襲い掛かっていて、候補生が魔法でソイツを倒しても次から次へとソイツは現れる。数えきれないほどのソイツは、生きている者すべてを殺し歩いていた。あまりの不気味さに背筋が凍る。操り人形のように次々と候補生を殺していく様を見て、私は吐き気を催した。 思わず映像から目を逸らす。しかし、その映像は無慈悲にも私の頭の中で再生されていた。強制的に見せられる映像に、瞼が熱くなる。 なんで、どうしてこんなものを見せられなければならないのだろう。こんなもの拷問させられているのと同じだ。 涙が頬を伝う。止めどなく溢れてくる涙に頭を抱えた。
「やめて…やめてっ……!」
そう訴えかけても映像が消えることはない。殺されていく候補生を見ながら、私は泣くことしかできなかった。 広場に倒れる候補生の姿が映される。そこには私のよく知る人物が血だらけとなり倒れていた。
「!」
エース、デュース、トレイ、ケイト、シンク、サイスさん、セブン、エイト、ナイン、ジャック、クイーン、キング、レム、マキナ。それ以外にも見知った人物の顔が次々に映し出され、目を見開く。皆、瞼を閉じていて、ピクリとも動かない。死んでいるのだと理解するのに時間がかかった。 ふと皆の亡骸の傍で誰かが立ち尽くしているのに気付く。その後ろ姿は、ジャックと話していた女子候補生に酷似していた。 候補生は手を握り、顔を俯かせている。そこに、コツン、と響く靴の音が耳に入った。
『また、会ったわね』 『…どうして、あなたは生きているのですか』 『その言葉、そのまま返すわ。今回は最期まで生きていたのね』
候補生は後ろ姿のまま、そしてドクターはその候補生に向かって徐々に距離を縮めていく。
『今回も結局扉は開かなかった。また一からやり直しね』 『…まだ、続けるんですか』 『えぇ。扉が開くまで続けるつもりよ』 『あなたはっ…、人の想いをなんだと思ってるんですか!?』 『…愚問ね』
煙管を口に含み、紫煙を吐き出す。すると今度は私と向き合うようにドクターの姿が映し出された。
『あなたこそ、紛い物のくせに、人間の想いがどうとか言える立場なのかしら?』
その言葉があの日と重なる。"異質な存在"と言われたあの日と同じような冷めた眼差しで私を見つめていた。
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