245.5
メイが僕を呼んだと思ったら、突然突き飛ばされてしまった。尻餅をついた痛みに顔を歪めていると、皆が叫ぶようにメイの名前を呼ぶ。慌てて顔をあげると、メイの首元に青龍人が食らい付いているのが目に入った。 メイの首から流れ出る血に、僕は血の気が引いていく。トレイとキングがすかさず青龍人を狙い撃つも、青龍人はなかなかメイを離そうとしない。沸々と沸き上がる熱い何かに、僕は刀を手にするとその青龍人との間合いを一気に詰め、刀を振り切った。
「メイを、離せぇっ!!」
青龍人の首が飛ぶ。すぐに刀をしまい崩れ落ちるメイの体を抱き止めた。メイの顔を見るが、意識を失っているのか目は閉じていて顔色も良くない。
「メイ!メイ!!」
何度も名前を呼ぶが反応は返ってこない。残り少ない魔力で回復魔法を唱える。回復魔法は得意ではないけれど、そんなこと言っていられなかった。 皆も慌てて僕らに駆け寄る。どうやら魔力が残っているのは僕とナインしかいないらしく、ナインも慣れない回復魔法を唱えた。その間もメイの服は血で真っ赤に染まっていく。抱き止めている僕の制服もズボンもメイの血で赤く染まっていく。
「止まれ、止まれ…!」 「ジャックお前……」
唱えるように呟く僕にナインの目が突き刺さる。 こうなったのは自分の不注意だ。味方が来てくれたことに完全に気を抜いていた僕のせい。そのせいで、メイのことを傷付けてしまった。只でさえ調子が悪かったのに、自分が追い打ちをかけてしまったのだ。 血が流れ出る首元に回復魔法をかけ続ける。しかし、魔力が底を尽きてしまったのか手から回復魔法の色が消えてしまった。手を握り締めながら唇を噛む。 また、守れないのか。また、手放してしまうのか。また、僕の前からいなくなるのか――。
「オイコラジャック!諦めんな!」 「っ!?」
ナインの怒号が至近距離で耳に響く。顔をあげると眉間にしわを寄せたナインが僕を真っ直ぐ見据えていた。
「まだ俺様がいるだろーが!つーか俺を忘れんじゃねぇ!」 「な、ナイン…」
ナインはそう言うとメイの首元に手を当てて再び回復魔法を唱える。呆然としながらそれを見ていると、メイの体が微かに動いた。
「!メイ!」 「ナイン、少しいいですか?」 「アン?んだよ、ちゃんと回復させて…」 「…血が止まっていますね」
トレイがメイの傍に腰を下ろし、手で首元を触る。血が止まったということは傷口も塞がったのだろう。トレイのその言葉にナインと僕は顔を見合わせた。 ナインはそのまま限界まで回復魔法を唱え、魔力がなくなると尻餅をついて深く息を吐いた。
「はぁー、慣れねぇ魔法なんかするもんじゃねぇぜ…」 「ナイン、ありがとう…」 「べ、別にオメーのためなんかじゃねぇからな!勘違いすんなよコラァ!俺はただメイを助けたかっただけであってだなぁ…!」 「…うん」
わかってる。それでも僕はナインにお礼を言いたかった。メイの血が止まったのは紛れもなく、ナインのお陰だから。 ちゃんと傷が塞がったのを確認したあと、僕はメイを背負う。チョコボが待機している場所まで行くと、メイが飼っているニンジャチョコボが一目散に僕に駆け寄ってきた。 チョコボは嘴でメイを優しくつつく。僕はチョコボを安心させるように笑って「大丈夫だよ」と言うと、チョコボは顔をあげて僕と目を合わせた。
「ジャック、急いで魔導院に戻るぞ!少しでも早くメイを治療しないと…」 「あ、うん!」
エースに急かされて自分が乗ってきたチョコボに視線を向けるが、視界を何かに遮られる。その何かに僕は目を見張った。
「キミ…」 「クエッ!」
ニンジャチョコボはまるで自分を使え、と言わんばかりに声をあげる。そして、僕のお腹に嘴をつけてくるチョコボにセブンが僕を呼んだ。
「ジャック、メイを連れて先に魔導院に戻れ」 「へ?」 「メイのチョコボがウズウズしてるだろ。待たせてやるなよ」 「や、やっぱり?」
セブンとエースに背中を押された僕は手綱を持ち、自分の体の前に移動させたメイを片手で抱え込む。しっかりと手綱を持つと同時にチョコボが走り出した。
「うわぁっ!?」 「ジャック!メイのこと頼んだわよー!」
僕はケイトの声を背中で受け止め、ニンジャチョコボと共に魔導院に向かうのだった。
* * *
ジャックの背中を見送った0組は撤退するためチョコボを走らせる。朱雀と蒼龍の国境を越えたあと、ふとナインが口を開いた。
「あいつ、変わったよな」 「あいつってジャックのことか?」
ナインの隣を走るエイトが問い掛ける。ナインはそれに短い返事をしたあと、空を見上げた。
「いっつもヘラヘラしてるくせに、メイのことになるとすげー顔してさ。メイが大事なのはわかるけどよ、死んだら結局忘れちまうじゃん。なのになんでジャックはあそこまで必死なんだろうな」 「…メイはオレたちと違って死んでも生き返らない。死んだらクリスタルの忘却によって記憶は消される。ジャックはメイとの記憶を消されるのが嫌だから必死なんだろ」 「記憶がなくなるのが嫌って、そんなんしょーがねぇだろコラァ」
俺たちはここでしか生きられねぇんだから、と言いながら唇を尖らせる。そんなナインをエイトは横目で見て、そして口を開いた。
「そう、仕方ない。でもジャックは、男として、メイのことを守り抜きたいんじゃないか?」 「男として?ジャックは元々男だろ?」 「……お前にもいつかわかるさ」
きょとんとするナインにエイトは苦笑いするしかなかった。
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