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 ヒリュウを何度倒しても、新たなヒリュウが現れる。その強力な敵と青龍人のせいもあるけれど、さっきトキトさんたちに使った魔法とインビジで大量に魔力を消耗したせいで魔力の限界を感じていた。それと同時に吐き気と頭痛に襲われる。
 なんとか踏ん張ろうとしたら、沼に足元を取られバランスを崩してしまった。


「クワセロォォ!」
「…っ!」


 バランスを崩したのを見計らってか、青龍人が私に向かって四足歩行で駆け寄ってくる。魔法を唱えようにも青龍人の速さに魔法が間に合うかわからない。でもだからといって諦めるわけにはいかず、私はブリザドの魔法を唱えた。


「せいやっ!」
「!」


 青龍人が私に飛び掛かろうとした瞬間、私の後ろからジャックが現れ、青龍人を切り裂く。驚いて声も出ない私にジャックが振り返った。


「メイ大丈夫?!」
「えっ、あ、うん…」


 慌てて返事をするとジャックが私の腕を引っ張って沼から足を救い出す。ジャックはそれを確認したあと、心配そうに私の顔を覗き込んできた。


「メイ…」
「ご、ごめんね、足引っ張っちゃって」


 そう言うとジャックの眉がピクリと動く。ジャックが何を言いたいのかわかるけれど、今はそこまで気が回らなかった。
 また心配をかけてしまった、また助けられてしまった。そんな自分が情けなくて悔しくて、唇を噛み締める。


「…ジャック、助けてくれてありがとう」
「……うん」
「あと少し、頑張るね」


 ジャックの顔を見上げるとジャックは一瞬不満気な顔をするが、諦めたように息を吐いて口角をあげながら頷いた。
 私は懐からセツナ卿から授かった短刀を手に持つ。不思議とその短刀から暖かい何かが伝わってきて、私は小さく息を吸った。
 私のすぐ傍で地面の土が盛り上がる。そこから距離を取って短刀を構えると、青龍人が飛び出してきた。青龍人に気付かれないように一気に間合いを縮める。ぐっと短刀の柄を強く握り締め、青龍人の喉元に向かって斬りつけた。


「…っ!?」


 喉元を斬りつけられた青龍人は声を出すことができず、藻掻くように地面に転がり、やがて動かなくなった。
 内から溢れてくる熱い何かを感じながら、目を動かす。青龍人を見つけると私は敵目掛けて走り出した。


「お、おい、メイの奴ヤバくねぇか?」
「なんかいつもと雰囲気違うねぇ〜…」
「アレが本来のメイ、なのか?」
「メイさんが武器を使っているところ、初めて見た気がします…」
「オレはメイの武器を使っているところを見たことあるが、あの時はあんな雰囲気じゃなかったな」
「確かに。アタシも任務のとき見たけど、あんなんじゃなかったよ」
「はっ…アレが本性ってことか」
「……本性、というより、どこか焦っているように見えるのはわたくしの気のせいでしょうか?」
「メイ…」


 皆がそう言っていたことを、今の私は知る由もない。



 どのくらい時間が経っただろう。衰えることのない青龍人とヒリュウに、私は疲弊しきっていた。頭痛はさらに酷くなるばかりで、手慣れていない短刀を握り締め、青龍人に向かって斬りつける。崩れ落ちる青龍人を見下ろすと、COMMに通信が入った。


『味方識別反応接近!?どういうことクポ?』
「味方、識別反応…」


 モーグリも混乱しているらしいが、味方識別反応と言うからには味方で間違いはない。COMMに耳を傾けながら、青龍人の攻撃をかわす。すると、今度はモーグリの嬉しそうな声が聞こえてきた。


『これは朱雀軍クポ!本隊が助けに来てくれたクポ!』
「朱雀軍本隊が…?」
「へぇ、珍しいこともあるもんだな」
『0組へ通達。味方全部隊の撤退を確認。同時刻朱雀軍本隊の介入により、蒼龍軍は後退したわ』


 その通信に私たちは安堵の息を吐く。いつの間にか雨は止んでいて、飛んでいたヒリュウもいなくなっていた。
 ぼぅっとする頭で立ち尽くす私の目に、皆の安堵した表情や苦笑する表情が映る。短いようで長い闘いになんとか耐えしのぐことができて何よりだった。ガンガンする頭痛を堪えながら、一歩踏み出したその時。微かだが殺気を感じて、私は殺気のした方向へ顔を向けた。
 私の視線の先にはナインと笑い合うジャックがいて、その後ろで青龍人が今にもジャックに掴みかかろうとしていた。口よりも先に体が動く。


「…っ、ジャック!」
「えっ?のわっ!」


 ジャックを思いきり突き飛ばすと同時に首に激痛が走る。青龍人が首に噛み付いているのだと気付くのに時間はかからなかった。


「メイ!」
「まだ居たのか…!」
「メイさん!」


 私の名前を呼ぶ声がする。なんとか青龍人から口を離させようと頭を掴むがびくともしない。やがて体に力が入らなくなり、意識が薄れていく。不意に、首元の食い付かれた違和感が消えた。そして、誰かに抱き止められるのを感じながら私は意識を手放した。