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 ヒリュウとヨクリュウを見送ると、いきなり私の首に腕が絡まる。ぎょっとして振り返るとケイトのじと目と目が合った。


「ビッグブリッジから帰ってきたあとすっかり忘れてたけど、今度こそ後でじーっくり聞かせてもらうからね」
「は、はい」
「とにかく、今は一刻も早くここを出よう」


 エースのその一言に止まっていた足を再び動かす。雨の中を走りながら、私の隣にセブンが並んだ。


「よかったのか?」
「ん?何が?」
「…メイも一緒に行かなくて」
「あぁ、大丈夫大丈夫。それに今は任務中だからね」


 任務中なのに皆を置いて一人だけ戦線離脱だなんて情けなくてできるわけがない。そうセブンに伝えると、セブンは「メイらしいな」と小さく笑った。
 それにしてもヨクリュウが来てくれて助かった。本当ならここを早く脱出するために皆を運ぶための人数分、ヨクリュウに来て欲しかったが、多分それはできない。私が"強く願わなければ"来てくれないだろう。何故かそんな気がした。

 【ナラクの沼】、そう呼ばれる場所に到着した私たちのCOMMに通信が入った。


『後方から敵影急速接近!蒼龍のヒリュウ部隊クポ!』


 ヒリュウ部隊の言葉にそれぞれ顔をしかめた。ここにきてヒリュウと戦うことになるとは思わず舌打ちをする。


『味方部隊はそのポイントから森に入り、敵部隊を抜けるわ。0組はその場で撤退が完了するまで時間を稼いで!』


 その通信が切れると翼の音が耳に入る。空を見上げると、ヒリュウに乗った蒼龍兵が私たちを見下ろしていた。


「穢れた地に逃げ込んだか。お主たちには似合いの死に場所だ」
「穢れた地だと…?」


 そう呟くエースの眉間に皺が寄る。ナラクの沼と呼ばれたこの地が穢れているとはどういうことなのだろう。そう思いながら防御魔法を詠唱しようとした瞬間、背筋が寒くなる。聞いたことある呻り声と共に地面から這い出てくるソレに私は目を見張った。


『周囲に生命反応多数!気を付けるクポ!』
「うげっ、こんなとこにもあいつら現れんのか?!」
「"青龍人"…面倒ですね」


 トレイの呟きを聞いて、私は眉を寄せる。あの時、私やヒリュウを襲ってきたのはトレイの言った"青龍人"で間違いない。でも、青龍クリスタルがあるのに何故青龍人はこんな姿をして、見境なく人や竜を襲うのだろうか。
 そこまで考えて私は頭を振る。とにかく今はここでこいつらを引き止めることに集中しなければ。ヒリュウを操る蒼龍兵と青龍人の動きを見ながら、全体に防御魔法を唱えた。


「青龍人はオレたちに任せろ!」
「ケイトたちはヒリュウをお願いします!」
「任せて!」


 そう言うとケイトはヒリュウに向かって魔法銃で攻撃する。ケイトやキング、トレイとエースがヒリュウを狙い、それ以外は青龍人を相手にすることになった。しかし、蒼龍兵はヒリュウを巧みに操り、サンダーブレスを私たちに向かって放ってくる。そして青龍人に攻撃しようとすると、タイミングを見計らってヒリュウで突進してくるせいで、なかなか青龍人に集中できずにいた。
 私は回復魔法を詠唱しながら青龍人の口から吐かれる液をかわす。その毒液はヘドロのような色をしていて、当たってしまえばしばらくの間動けなくなる。現に、今ナインが毒液をくらって動けなくなっていた。ナインに回復魔法をかけたあと、ナインに近付く青龍人に向かってサンダーを放つ。


「ナイン、大丈夫?」
「おう…わりぃ」


 ナインは苦しそうに顔を歪め、槍で体を支えながら立ち上がる。ナインに防御魔法をかけると同時にナインは青龍人に向かって突っ走った。


「メイ!危ない!」
「!」


 ジャックの声に振り返るとヒリュウのサンダーブレスが目の前に迫ってくる。慌てて地面に転がってサンダーブレスをかわした。なんとかかわせたことにホッと安堵の息を吐きながらジャックに視線を移す。ジャックは青龍人に向かって刀を振るっていて、私は目を見張った。
 確かにジャックは私の名前を呼んだはずなのに、今のジャックはとても私を呼んだようには見えなかった。


「(幻聴…?いや、でも確かにジャックの声だったよね…)」


 幻聴にしてはやけにはっきりと聞こえたし、そのお陰であのサンダーブレスを受けずに済んだ。もしかしたら刀を振る前に呼んだのかもしれない。そう思わないと、なんだか気味が悪かった。