振り返った先に君はいない




 彼女は僕を庇って敵からの攻撃を直に食らった。彼女に駆け寄ったときには大量の血が地面や服を染めていて、見るからに即死状態だった。それでも、僕は決して得意ではない回復魔法で彼女を回復する。しかし彼女から流れ出る血は止まらない。

「くそっ…!」

 また僕は彼女を守れないのか。悔しさと情けなさで彼女の手を握り締める。まだ暖かいそれに、僕は回復の手を止めなかった。止まれ、止まれ――!

「ジャック」
「!」
「…ジャック、彼女はもう――」

 キングに腕を掴まれ、トレイが目を伏せながら首を横に振る。

「な、何言ってるの?まだ生きてる、彼女はまだ死んでないよ、だって僕まだ覚えて…」

 そう、まだ覚えてる。彼女と過ごした日々を、楽しかった日々を、悲しそうな顔をした彼女も嬉しそうな顔をした彼女も照れ臭そうに笑う彼女を。

「キングもトレイも、まだ覚えてるんでしょー?冗談は顔だけにしてよねぇ」
「………」
「それに彼女も彼女だよ、僕らは死なないって言ったのに、なんで…っ、庇うんだよ……」

 なんで、なんで彼女との記憶が薄くなっていくの?どうして、まだ彼女は生きてるでしょ?ねぇ目を覚まして、僕の名前を呼んで、僕も名前を呼ぶから。お願い、僕から彼女を奪わないで、やっと同じ組になれたのに、やっと想いが通じたのに、やっと――。



「…?」

 目の前にいる彼女が誰かわからない。見るからに死んでいて、なんでそんな彼女に回復魔法を唱えているんだろう。
 回復を止めて顔をあげるとキングとトレイがいた。二人は何故か苦しそうに顔を歪めていて、僕は首を傾げた。

「?、ねぇ、なんでそんな顔してるのー?えーと、今撤退途中だったっけ?急いでここ抜けないとさすがにヤバイよねぇ」
「…そうですね、先を急ぎましょう」

 そう言うとトレイは僕に背を向ける。僕も立ち上がろうとしたら、自分の手に違和感を覚えた。
 自分の手を見ると小さな手が握り締められている。その小さな手の先には、さっき自分が回復魔法を唱えていた彼女がいて、僕は目を見張った。

「…ジャック」
「ぅあ、ごめんごめん、ぼーっとしてたぁ」
「…………」
「…ねぇキング、彼女は連れていけないよねぇ?」
「愚問だな」
「だよねー。ごめんね馬鹿なこと言って。でもさぁ、僕…」

 何か、大事なことを忘れてる気がして。

 そう言いかけて口をつぐむ。キングはそんな僕を見て溜め息を吐くと、トレイの後を追った。慌てて追い掛けると、風が背中を押すように吹く。その追い風は、まるで僕らを急かすように強く吹き続けた。
 ふと僕は振り返る。振り返った先には誰も、何もなかった。

「ジャック!早く来い!」
「!はぁい!」

 そう返事すると僕は頬を伝う汗を拭って走り出した。

(2014/5/17)