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「ト、キト…さん…?」
「え、…はぁ、メイ、ちゃん…?」


 私の目の前にいるのは間違いなくトキトさんで、私は慌てて駆け寄った。トキトさんは辛いのに荒い息を吐きながらはにかむ。喋るのも辛そうで、トキトさんに向けて回復魔法を唱えた。


「そっ、か…はぁ、0組も…助け、に…来てくれた…はぁ、だね…」
「そうです!だから、一緒に帰りましょう…!」
「……メイ」


 不意にクイーンが私の名前を呼ぶ。クイーンの言いたいことは振り返らずともわかる。だけど、だからといって見殺しにはできない。


『早く脱出しないと間に合わないクポ!』
「…っ、でも、まだ生きてるのに…」


 ぐっと奥歯を噛み締める。周りにいる候補生や朱雀兵はまだ生きているのに、自分達だけで脱出なんてしたくない。でも、ここで我が儘を言っても皆に迷惑がかかるのもわかっていた。
 どうしようもできないのかと思考を巡らせていると、トキトさんが私の手に、何かを握らせた。


「!トキトさ…」
「これを……」


 エミナさんに。そう呟いて、トキトさんはまたはにかんだ。それを握り締めながら顔を俯かせる。
 また、助けられないのか。こんなにも生きたいとすがり付いているのに、自分達だけおめおめと帰ることしかできないのか。トキトさんの想いは?シノさんの想いは?想いだけを置いてきぼりにして、記憶が消えて、想いが消えて。この世界は、どれだけ惨い世界なんだろう。いや、本当はわかりきっていた。この世界がどれだけ惨くて残酷な世界なのかを。そんな世界でしか私たちが生きられないのも全部。
 私は再び思考を巡らす。生きている四人を連れてどう脱出するか。ここは蒼龍の領土、国境まで行けば撤退できた朱雀軍がいるはず。そこまで四人を連れて脱出できる方法は――。


「…助けます」
「え、…はぁ…」
「これはトキトさんに返します。だからトキトさんは想いを伝えてください」
「オイ、メイ、お前何考えてんだコラァ」
「助けるってどうやって…」


 私は皆に振り返る。皆は眉を寄せて私を見つめていた。


「…私が諜報部なのは皆知っての通りだよね」
「?それがどうかしたのか?」
「諜報部に入ると、魔法局から特殊な魔法を教えられるの。ナギみたいにテレポとかね」
「あぁ、だからあいつ神出鬼没なのか…」
「ということはあなたにも、何かしら特殊な魔法がある、と?」


 クイーンの言葉に頷くと、皆は目を見張る。機密事項だというのは重々承知だが、今は混乱させないためにも話しておいたほうが後々面倒にならない。幸い、今の話は負傷している三人には聞こえていない。
 私はトキトさんに向き直ると手をかざした。


「メイ、ちゃん…?何を……」
「トキトさん、大丈夫です。次起きたら、帰ってますから」


 安心させるように微笑みを浮かべると、トキトさんは開きかけた口を閉じた。そして、ドサリ、と地面に倒れた。


「え?えっ?!ちょ、なに、今の!?」
「死んだ…わけではなさそうですね」
「……寝てる、のか…?」


 エースの問いに答えるわけでもなく、私は横たわる候補生に近寄る。何かに怯えるような表情をしている候補生に向けて魔法を唱えた。
 それから動けない候補生と座り込んでいる朱雀兵にも魔法をかける。体を臥せる四人を見回して、私はヒリュウを呼んだ。


「!?おいっ、あれ…!」
「なっ、なんでヒリュウがここに?!」
「……メイ、まさか」


 セブンが私を見る。そういえば皆にきちんと言っていなかった。ビッグブリッジの時もケイトに詳しく話を、と言われたけれどそれもすっかり忘れていた。呆然とする皆の前にヒリュウが私の前で跪く。


「言うのが遅くなってごめん。また帰ってから詳しく話すね」
「…そのヒリュウに運ばせる、ということですか?」
「うん。今はそれしか助ける方法がないから」


 私はヒリュウの体を撫でながら、四人を連れてエイボンの町まで運ぶよう命じる。ヒリュウはそれに応えるように小さく鳴くと、四人を背中に乗せようとするが、やはりヒリュウの背中に四人は難しく私は眉を寄せた。
 ヒリュウ以外、頼れる竜はいない。時間がないことに焦りを感じていたら、ヒリュウ以外の翼の音が耳に入った。


「メイ、あれ…!」
「!よ、ヨクリュウ…」
「こんなときに敵かよ!」
「ナイン待て!」
「…攻撃してくる気配はない、ですね」
「なんかシンクちゃんよくわかんなくなってきたぁ〜」
「アタシも。頭痛くなってきたよ…」


 私たちの頭上を三体のヨクリュウが飛んでいるのが見えた。目を凝らしてヨクリュウを見れば、ヨクリュウの顔付近に通信機はついていない。ヨクリュウは私を囲むように降りてくると、私に向けて頭を下げてきた。


「…お願いしていい?」


 そう呟くとヨクリュウは顔をあげて、一人一人口に加える。ヒリュウの背中にトキトさんを乗せたあと、エイボンの町の入り口付近に置くこと、そして置いたあとすぐ立ち去るように心の中で命令した。ヒリュウとヨクリュウにインビジをかけると、ヒリュウはそれを合図に空へ飛び立った。