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 魔導院を出た私たちはあっという間にエイボン地方に入る。ナギは乗り方に慣れてきたのか、私に声をかけてきた。


「飛空艇とはまた違うからなんか新鮮だな」
「確かにね」
「それになかなか乗り心地いいし」
「そう?」
「だってこんだけ密着できるんだぜ?」
「…変なことしたら落とすよ」
「悪い悪い!いやでもこれはなかなか…」
「ちょ、くすぐったい!弄るな!ていうかもうすぐ蒼龍との国境だから!」


 前方を見ると朱雀と蒼龍の国境を示す建物が見える。朱雀と蒼龍の国境から先は天候が全く違い、蒼龍側の天候は真っ黒な雲で覆われ雨が降っていた。
 蒼龍に入った私たちは上空にいる龍の群れを避けるため、地上の森の少し上空を飛ぶ。町の外から見たローシャナ付近はヨクリュウが飛び交っていて、迂闊に近付けなかった。


「おい、あんまり近付くとヨクリュウに気付かれるぜ」
「…ナギ、ちょっと危険かもしれないから伏せてて」
「は?何言って」


 ナギの言葉を待たずに、ローシャナ全体が見渡せる場所、つまりヨクリュウたちの少し上空へ行くようヒリュウに命令する。ヒリュウは私の言う通り、ローシャナの上空目掛けて飛ぶ。行く先がわかったのか、ナギが声をあげた。


「おい!俺の話聞いてたか!?」
「蒼龍兵に見つからなければ大丈夫、多分」
「ヨクリュウに見つかったら意味ねーだろ!」
「(そうかもしれない。でも)」


 ヨクリュウに気付かれたとして、はたしてヨクリュウが私に攻撃を仕掛けてくることがあるのだろうか。モンスターが私に攻撃してこない理由はわからないが、これを使わない手はない。
 ジュデッカ会戦のとき、ヒリュウを従えた蒼龍兵と戦闘はあった。しかしヨクリュウやバクライリュウとは戦闘していない。私の予想だと、蒼龍兵の乗っているヒリュウは攻撃される。ヒリュウは蒼龍兵との受信機で戦闘を行っているからだ。でもヨクリュウやバクライリュウはどうだろう。受信機を付けているとはいえ、蒼龍兵に姿を見られなければ野生と同じようなものだ。そして命令されていない状態のヨクリュウやバクライリュウの通信機を破壊すれば、蒼龍兵の命令は無効になるのではないか。
 あくまで私の憶測でしかないが、これがもし事実ならヒリュウやヨクリュウ、バクライリュウを傷付けずに済む。ナギには申し訳ないが、付き合ってもらうしかない。
 ヒリュウがローシャナ上空まで来ると、私は身を乗り出すようにローシャナを見下ろした。天候のせいで視界は悪いが、ヨクリュウの姿は目視できる。とりあえず、戦力を削ぐにはあのヨクリュウたちを少しでもいいから排除していくしかない。
 そう思っていたら、私の行動を不審に思ったナギがマントを引っ張る。反射的に振り返るとナギが怪訝そうな面持ちをしているのが目に入った。


「メイ、お前何する気?」
「…ちょっと試したいことがあるんだよね…ナギも、手伝ってくれると助かるんだけど」
「はぁ?…何すりゃいいんだよ」


 呆れながらも頼みを聞いてくれるナギに感謝する。ヨクリュウの顔付近にある貝殻の受信機を破壊してほしいと頼むとナギは顔をしかめた。


「受信機?っつーの破壊して何になるわけ?意味わかんねーんだけど」
「えーっと説明すると長くなるんだけど…とにかく蒼龍兵に見つからなければヨクリュウからは攻撃してこないと思う」
「なんでだよ?」
「…蒼龍兵に命令されなければ龍は私を襲わないって、ナギは信じる?」
「………」
「とにかく今はあのヨクリュウをローシャナから離せば地上の朱雀軍も少しは楽になると思うから」
「…あぁもう、仕方ねぇなぁ」


 ナギはそう言って頭をかき、ヨクリュウに目を向ける。やる気になってくれたナギを見ながら私もヨクリュウに視線を向けて、魔法の詠唱を始めた。


「顔付近についてる貝殻だな?」
「そう。できるだけ傷は付けさせたくないから、サンダーで地道に壊していこう」
「了解。じゃ、あのヨクリュウたちが俺らに攻撃してきたら蒼龍兵に見つかったってことでいいな?」
「うん、そのときは数が数だし、真っ先に逃げよう」
「わかった」


 ヨクリュウの上を飛ぶヒリュウに下降するよう命令する。ヒリュウは命令通り下降し、ヨクリュウに向かって飛んだ。
 ヨクリュウは飛んでくるヒリュウに気付いたが、攻撃を仕掛けてくる気配はない。攻撃してこないお陰で受信機を破壊するのは思ったより容易かった。
 一番威力が低くかつ見つかりにくいサンダーでヨクリュウにつけられている受信機を次々に破壊していく。受信機が破壊されたヨクリュウがローシャナから離れていくのを見送りながら、辺りを見回した。


「結構数が多いな」
「だね…」
「それにこんだけいるヨクリュウの中にヒリュウが一匹紛れ込んでいるのも不自然だ。見つかるのも時間の問題だな」


 冷静に言いながらナギはヨクリュウにつけられている受信機に向かってサンダーを放つ。受信機は真っ黒に焦げ、バラバラに落ちていった。
 何体解放したのか数えていないが、それなりに数は減った気がする。出来うる限りのことをしようと魔法を詠唱した途端、ヨクリュウの様子がおかしいことに気付いた。ナギもそれは感じたようで、眉間にしわを寄せている。
 ヨクリュウはさっきと違い落ち着かない様子であちこちを飛び交い始めて、受信機に狙いが定められない。それを見て、ナギが私に耳打ちしてきた。


「さっきまで落ち着いてたのにいきなり騒ぎ始めたな」
「…一度、離れたほうが」
「!、あぶねっ!」
「うわっ」


 ナギの声と共に頭がガクンと下を向く。その瞬間、頭上に勢いよく風が吹いた。顔を少し上げるとヨクリュウの後ろ姿が目に入る。今私たちの頭上を通ったのは多分あのヨクリュウだろう。
 私の頭からナギの手が離れると、ナギは舌打ちをした。


「あのヨクリュウ、俺を狙ってきやがった」
「え?」
「蒼龍兵に見つかったのは確実だ。そんで、ヨクリュウは俺だけを狙ってきた…多分、蒼龍兵に命令されたがメイには攻撃してこないっぽいな」
「でも、会戦のときは蒼龍兵が乗ってるヒリュウと戦ったけど…」


 言ってからハッと口を噤む。ナギは目を見開いて、そして呆れながら溜め息を吐いた。


「お前なぁ…」
「あ、あの時は通信も繋がらなかったし、それにいきなりあっちが攻撃してきたから…!」
「…まぁもう過ぎたことなんだし、気にすんな。とにかく今はここから出ねぇと…」


 ナギは顔を少しだけ下に向けて目を忙しなく動かす。しかし、どこに蒼龍兵がいるかはわからない。ナギの言う通り、まずはここから離れるため、ヒリュウに全速力でローシャナから離れるよう命令した。