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ケイトの話をぼうっと聞きながら昨日のことを思い出す。隊長が死んでいなくてホッとしたし、カヅサさんも元気そうで何よりだった。ただ、気になるのはエミナさんのことだ。 エミナさんは魔法局局員の人間に疑われていると、この間ナギから聞かされた。まさかエミナさんに限ってと驚いたが、その局員によればいくつか不審な点があるという。私とナギは諜報部担当だから詳細はわからない。その局員は誰かにエミナさんの調査を依頼したらしい。どうか局員の勘違いでほしいと祈るしかなかった。
「ねぇ、メイ聞いてる?」 「えっ、ご、ごめん、ぼーっとしてた」 「全くもー、今日はやけにぼーっとしてるよね!」 「えぇ、そう?」 「気になることでもあるのか?」
セブンが首を傾げながら聞いてくる。私は首を横に振って否定するが、クイーンが眼鏡を直しながら口を開いた。
「メイは考え込むときあまり瞬きしないですよね」 「え、本当?全く気が付かなかった…」 「ん?ちょ、クイーン、今メイのこと呼び捨てにしなかった?」 「えぇ、これからはそう呼んでほしいと言われましたから」 「へ〜、そうなんだぁ〜」 「あ、じゃあ私もさん付けやめてほしいなぁ」 「えっ、レムさんも?」 「だめ?」
便乗するように言うレムさんに、私は首を横に振った。
「ううん、全然!わかった、レムって呼ぶね。レムも私のこと呼び捨てでも構わないから」 「うん!ありがとう!」 「…いいなぁ」
ポツリとデュースさんの声が耳に入る。デュースさんのほうを見ると、ちょうど私を見ていて、目が合うと恥ずかしそうにパッと逸らされてしまった。 そういえばデュースさんも未だにさん付けだった。呼び方に慣れてしまったし、今更さん付けをやめるのも違和感がある。クイーンの場合は本人からさん付けをやめてほしいと言われたからやめられたけれど。 デュースさんの様子を見るに、デュースさんもさん付けはやめてほしいのだろうか。でも、デュースさんも私同様皆のことをさん付けにしているのを見ると今一歩踏み出せなかった。
「デュース、言わなきゃ伝わらないぞ」 「せ、セブンさん!」 「お、何々、デュースもさん付けやめてほしいんだ?」 「あぅ…」 「あはは、デュースんかわいい〜」 「シンクさんまで…」
恥ずかしそうに顔を俯かせるデュースさんに私は苦笑する。そして、おそるおそるデュースさんに声をかけた。
「あの、デュースさん…?」 「あ、は、はい!」 「えーと、今更だけど、さん付けはやめたほうがいいかな?」 「えっ…えと…はい。やめてほしい、です」
徐々に小さくなる声を聞きながら自然と頬が緩む。デュースは顔を赤くさせて肩を竦めていた。
「じゃあこれからデュースって呼ぶね」 「よ、よろしくお願いします!」 「デュースも私のこと呼び捨てでいいから」 「えぇ!?むむむ、無理です!」 「無理?」 「はいっ!わたしはメイさんがいいです!!」 「デュースは頑固だから諦めた方が賢明よ」 「そ、そう。わかった」
頑なに拒むデュースにケイトが横から口を出し、そのケイトの物言いにセブンがそれとなく諭す。デュースが頑固なのは知らなかった。 0組とはなんだかんだ一緒にいる機会は多かったけれど、0組に入らなきゃ見られない一面もあるんだなと改めて思った。こうして一緒に過ごさなかったらわからなかったわけだし。ほんの少しだけ、0組に異動させてくれたドクターに感謝した。
* * *
ケイトたちと別れた私は行く場所もなくフラフラと魔導院をさ迷う。ジャックは自習が終わったあとトレイに引き摺られるように教室からいなくなって、それから見ていない。大方、課題を提出していなかったのだろう。 モーグリが隊長代わりになったからといって課題を提出しないわけにはいかない。トレイの監視のもとで課題をやっているジャックの姿が頭に浮かんで、小さく笑った。
「あ、メイちゃん!」 「!トキトさん」
名前を呼ばれて振り返るとトキトさんが駆け寄ってきた。ふとトキトさんの周辺の朱雀兵が慌ただしく動いていることに気付く。
「やぁ、久し振りだね」 「こんにちは、トキトさん。あの、今から何かあるんですか?」
私がそう言うと、トキトさんは「あぁ」と返事をしながら首を縦に振った。
「今からローシャナに向けて進軍するんだ」 「そうなんですか…」 「ふぅ、行く前にメイちゃんに会えてよかったよ」 「え、なんでですか?」
首を傾げてトキトさんを見上げる。トキトさんは少し頬を赤くさせながら口を開いた。
「あのさ、聞いてくれる?」 「は、はい」 「俺さ、この作戦から戻ったらエミナさんに言うよ。自分の気持ちを」
エミナさんの名前が出て、自然と眉が寄る。トキトさんはそんな私に気付くはずもなく続けた。
「ずっと理由をつけて後回しにしてきたけど、もう、ちゃんと自分の気持ちを言おうと思ってさ」 「………」 「行動を起こさないでエミナさんを他の人に取られちゃったら悔しいからさ…でも、戦争に行くより、気持ちを伝える方がずっと緊張しそうだ」 「…戦争に行くよりも、緊張するんですか?」 「あぁ。だって、告白してもしダメだったら、その記憶を引きずって生き続けなきゃいけないんだ。それって相当キツいよな、ははっ。でも、後悔したくないから、伝えるよ」
トキトさんははにかみながら、でもはっきりエミナさんに気持ちを伝えると口にする。エミナさんに疑いがかけられていることを知っている私は複雑だった。 上層部や諜報部に疑われたら徹底的に調べあげられる。私の場合はドクターを通してあるから上層部は動こうにも動けない状態だ。その点、エミナさんには何もしがらみがない。今は魔法局局員だけがエミナさんを疑っているが調査内容の結果が黒であったら、エミナさんは直ぐ様軍法会議にかけられるだろう。 トキトさんの気持ちを聞いて、どう言えばいいのか躊躇っていると、トキトさんは大きく息を吐いて、そして笑みを浮かべた。
「聞いてくれてありがとう。行く前に誰かに聞いてほしかったんだ」 「え、あ、はい…」 「じゃあ、行ってくるよ」 「…トキトさん!」 「ん?」 「……どうか、気を付けて」 「ははっ、ありがとう、気を付けて行ってくるね」
結局何も言えずにトキトさんを見送る。トキトさんの背中が見えなくなると、背後に人の気配がした。その気配に私はおそるおそる振り返る。そこには物陰からトキトさんを見送ったであろうシノさんが立っていた。
「し、シノさん…」 「トキト、エミナさんに告白する決心したみたいね」 「そう…ですね」 「…トキトが振られたら、私も言ってみようかな」 「え」
シノさんの言葉に思わずシノさんを凝視する。そんな私にシノさんは眉を寄せて口を開いた。
「なぁに?傷心中の人に付け込む気か、て言いたいの?」 「い、いえ、そういうわけじゃ…」 「ねぇメイ、もしトキトに振られたら、一杯付き合ってくれる?」
力なく笑うシノさんに胸が締め付けられる。エミナさんを想うトキトさん、トキトさんを想うシノさん。そんな関係を他人事とは思えず、私は首を縦に振った。
「私で良ければ!」 「今振られる前提で返事したわね」 「……あ」 「まぁ、いいわ。とにかく、私もまずは生きて帰って来ないとね」 「シノさんもローシャナに向かうんですか?」 「うん。トキトとは部隊は違うけどね。じゃあ、行ってきます」 「気を付けて…絶対帰って来てくださいね!」
そう声をかけるとシノさんは片手を上げて歩き出す。私はシノさんの背中が見えなくなるまで見送った。
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