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「メイ、今日の予定は?」
自習が終わると同時に、ケイトが私の目の前現れ声をかけてくる。私は何回か瞬きをしたあと、口を開いた。
「今日はカヅサさんに会いに行く予定だけど」 「はぁ、メイって本当忙しい……はぁ!?カヅサってあのカヅサ?!」
ケイトは凄い剣幕で私に詰め寄る。おずおずと首を縦に振ると、ケイトは眉を寄せて腕を組んだ。
「あんたって相当物好きよねぇ」 「えぇ、物好きって…」 「第一、あんな奴のところに何しに行くのよ?」
ケイトの言葉に、開きかけた口を閉じる。 皆(ジャックは除く)は0組の隊長の遺体が行方不明なのを知らない。しかも死んだ人間が実は生きていたなんて言えないし、もしそれが局長たちに知られてしまえばカヅサさんの身すら危ぶまれる。何より混乱を招きかねない。 とりあえず怪しまれないように何とかはぐらかさねば、そう思いながら私は口を開いた。
「ちょっとカヅサさんに頼まれたことがあって」 「頼まれたことって?」 「それが私もよくわかんないんだよね。実験がどうのって言ってた気がするけど」 「げぇ、あいつの実験って絶対良いことないでしょ!あんたもさー、よく付き合えるよね。アタシだったら即答で無理っていうか逃げるもん」 「ははは…」 「まぁでも、それなら仕方ないわ。その代わり明日は予定空けといてよね!」 「了解しました」
何とかはぐらかすことに成功した私はケイトがセブンのところに行くのを見ながら安堵の息を吐く。そして足元に来たトンベリを抱き上げ、教室を出るため振り返ると目の前にジャックが笑顔で立っていて、思わず「うわっ」と驚きの声をあげてしまった。
「もー、うわっとは失礼だなぁ」 「いや普通にびっくりするでしょ。振り返ったら目の前にいるんだし」 「あはー、ごめんごめん」
悪びれる様子もないジャックに肩を落とす。ジャックは笑いながら私の隣に並んだ。なんで隣に並ぶんだろう、と思いながらジャックを見上げる。すると、ジャックは周りに聞こえないような小さな声で喋り始めた。
「カヅサんとこ行くんでしょ?」 「…今の聞いてたの?」 「やだなぁ、ナギと一緒にしないでよー。たまたま聞こえただけだよー」 「胡散臭…」
そんなジャックに呆れながら教室の扉に手をかける。私が教室を出ると、ジャックもそれに続いた。エントランスに出て、足早にクリスタリウムに向かう。 研究所はクリスタリウムの奥の本棚だとカヅサさん本人から聞いたが、詳しい場所まではわからない。仕方ないので連絡しようとクリスタリウムに続く扉の前で立ち止まった。足を止めた私にジャックは首を傾げる。
「?、入らないの?」 「研究所の場所、知らないからカヅサさんに連絡するの」 「それなら知ってるよぉ」 「え?」
なんでジャックが知っているのだろう。そう思いながらジャックを凝視すると、ジャックは苦笑したあと目を逸らした。心なしか顔色が悪い気がする。
「ちょっと、色々あってねぇ…」 「………」
その表情は何かを物語っていて、追求することはできなかった。
とりあえずジャックが場所を知っているようなので、ジャックに場所を教えてもらう。少し先を歩くジャックはクリスタリウムの左奥の本棚の前で足を止めた。 ジャックは振り返って本棚に指をさす。
「ここだよー」 「…ここ?」
目の前の本棚をじっと見つめる。他の本棚となんら変わりのない普通の本棚で、ジャックが言うにはこの先がカヅサさんの研究所らしい。ジャックを見ると何故か笑顔が引きつっていて、トラウマになるほどのことをされたのかと思うとカヅサさんに会うのが億劫になってきた。 連絡しようか迷っているとトンベリがその本棚に向かって両手を差し出して下りたがっていることに気付き、そっとトンベリを下ろす。トンベリがその本棚に近付き、何かしているのを見ていたら、いきなり本棚がミシミシと軋ませながら動き始めた。 呆然とする私の目に、目を丸くしてこちらを見ているカヅサさんの姿が飛び込む。
「あれ、トンベリじゃないか。どうしてここに…え、メイ君とジャック君?」 「あは、は…こんにちは」 「なんだ、連絡してくれれば迎えに行ったのに。あぁ、入って入って。今紅茶用意するから」
そう言いながらカヅサさんは背中を向けた。トンベリは開いた瞬間、一目散に研究所に入っていく。それを見送った私はふとジャックを見ると、ちょうど目と目が合った。
「…ジャックはどうする?」 「いい、行くよぉー、メイがし、心配だもん!」
ジャックがどもりながら言う。それを聞いてジャックのほうこそ大丈夫なのかと心配になってきた。「無理して来なくてもいいよ」と声をかけたが、ジャックは首を横に振って研究所に足を踏み入れた。 私もジャックに続いて研究所に入ると、開いていた本棚が勝手に閉まっていく。初めて踏み入れる研究所の中は、クリスタリウムとは全く違う雰囲気で灯りは薄暗いし少し気味が悪い。周りの棚には薬品の瓶らしきものが溢れていて、自然と薬品の匂いが鼻に付く。いかにも研究所といった部屋だった。
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