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 相も変わらず自習が続く。昨日と同じようにモーグリの声で自習の時間が終わると、珍しくCOMMに連絡が入った。
 9組ではなくなったのに、どうして連絡が来るのだろう。不思議に思いながらCOMMを繋げると「ハロー」と言う陽気な声が聞こえてきた。


「珍しいね、カルラがCOMMで通信してくるなんて」
『たまにはいいかなと思ってねー』
「で、用はな…」
「メイー!誰と話してるのー?」


 話の途中でジャックに遮られる。ジャックはにこにこ笑いながら私の隣の席に座った。COMMからカルラのクスクスと笑う声が聞こえる。


『ほーんと、あなたと彼、仲良いわよねぇ』
「はいはい。で、用は何?」
「ねぇ、誰と喋ってるのー?」
「カルラだよ。ちょっとジャックは黙ってて」
『あはははは、メイってば容赦ないわねー!』
「…用件ないなら切るよ」
『ごめんごめん!んー、そうね、COMMで言うのもなんだし、サロンに来てくれない?』
「わかった」


 そう返事をしてCOMMを切る。私が席を立つと、ジャックも席を立った。


「どこ行くのー?」
「サロン」
「じゃあ僕も行こうっと」
「はいはい」
「そんじゃあ、レッツゴー!」
「あ、トンベリおいで」
「えっ、今日はモーグリに預けないのー?」
「私がいるときは預けないよ。モーグリだって忙しいんだからね」
「えっ、モーグリって忙しいことあるの?授業もただ見てるだけだし、何にもしてないと思ったぁ」
「うぅっ…ジャック酷いクポー!」


 そう嘆くモーグリをジャックは笑いながら謝るが、誠意は全く感じられなかった。ジャックに言い過ぎだと注意しようとしたら、その前に手を引かれてしまう。凹むモーグリをデュースさんやクイーンが慰めているところを最後に、私とジャックは教室を後にした。
 エントランスに出て魔法陣に向かいながら私は溜め息を吐く。


「溜め息吐くと幸せ逃げちゃうよぉ?」
「幸せなんかいら……」


 そこまで言ってふとある映像が脳裏に浮かぶ。ジャックとのこのやりとりが前にもあったような気がして、おそるおそるジャックを見上げるとジャックの姿が二つに重なった。それと同時に頭の中に靄がかかった映像が浮かび上がる。


「溜め息吐くと幸せ逃げちゃうよー?」
「幸せなんかいらん」
「あっ、僕が幸せにすればいいじゃん!僕ってばあったまいいー!だからメイ、安心してね!」
「私はそれよりもジャックの頭が不安でしょうがないよ」
「えっ、僕のこと心配してくれてるの?えへへ、照れるなぁ」
(こりゃ重症だ)



「メイ?」
「!」


 不意に声を掛けられ我に返る。ジャックは心配そうに私の顔を覗き込んでいて、私は「ぼーっとしてた」と言うのが精一杯だった。
 さっきの映像は何だったのか。ジャックとはさっきの映像のような会話は今までしたことない、はず。じゃあ、"いつ"そんな会話をしたのだろう。
 そんなことを思いながらふとあの時のことを思い出す。そういえばジュデッカ会戦のときも似たようなことがあった。あの時は映像が脳裏に浮かび上がったとかではなく、既視感を感じたのだけれど。もしかして何か関係があるのだろうか。


「なーに考え込んでるのー?」
「…うわっ?!」


 いつの間に鼻と鼻がくっつきそうな距離にいたのか、慌ててジャックと距離を取る。ドキドキと心臓が高鳴る私に、ジャックは不思議そうに首を傾げていた。


「いきなり顔を近付けないでよ…!」
「だってぼーっとしてたんだもん」
「全くもう…、それじゃあサロンに向かおっか」


 そう言って魔法陣に乗り起動させる。私とトンベリが先にサロンに向かい、ジャックは後からサロンに向かった。

 サロンに着くと、すぐにカルラが私を呼ぶ。


「こっちこっち!」


 片手を上げて手を振るカルラに近付いていくと、カルラが私の後ろを見て「あら」と声をあげた。


「やっぱり彼も一緒に来たのね」
「あー、うん、まぁ…」
「やっほー」


 苦笑するしかない私に、カルラはニヤニヤしながら耳打ちしてきた。


「なんかあったの?」
「え?何が?」
「なぁんか、あなたと彼、いつもと違うのよねぇ」
「き、気のせいだよ」


 顔が引きつるのを感じながらカルラの言葉をはぐらかす。そんな私にカルラはニヤニヤしたまま肘で小突いてきた。


「怪しいわねー」
「もう、そんなこといいから!用件は?!」
「ムキになるとこが怪しさ満点なんだけど、まぁいいわ。ちょーっとコレを借りたくて」


 そう言いながらカルラは親指と人差し指で丸を作る。それをジト目で見ながらカルラに視線を移した。


「実はさ、またお願いしたいんだけど……。もうちょっとお金貸してくれないかしら?」
「やっぱりね…」
「これは投資よ、投資!貸せば貸しただけ大きくなって返ってくるからさ!メイならわかってくれるわよね!?」
「…いくらなの?」


 そう返すとカルラはニヤッと笑みを作る。嫌な予感がしたのは言うまでもない。


「10000ギル貸して!!元手が大きければリターンも大きいのよ!ね?!」
「い、10000ギル?!」


 カルラの言葉に反応したのは私ではなくジャックだった。ジャックは目を丸くさせてカルラを見ている。対して私は先に驚いてくれたジャックのお陰で驚くタイミングを逃してしまった。
 カルラは両手を合わせて頭を下げる。


「お願い!メイだから頼んでるの…!」
「…はぁ、仕方ないな」
「えぇ!?そんなあっさり貸しちゃうの?!」
「さっすがメイ!持つべきものは友達よね!」
「10000ギルも貸しちゃって本当にいいの?返ってくる保障もないんだよ?」
「あげるつもりで貸すからいいよ。今までの任務やらでお金ならいくらでもあるし」
「うひゃあ、そうなんだぁ…」
「ちょっと、引かないでくれる?あのねぇ、ジャックよりも何年か先に魔導院にいるんだから当たり前でしょ」


 そう言いながらカルラに10000ギルを渡す。カルラはそれを受け取ると、腰に手をあててニッコリ笑った。


「確かに10000ギル預かったわ。大丈夫、任せといてよ!信頼は裏切らないわっ!」
「はいはい、期待しないで待ってるよ」
「あ、こうしちゃいられない!早速10000ギル使わせてもらうわね!また連絡するわ!」


 カルラはそう言って颯爽とサロンを後にする。取り残された私とジャックは、お互い顔を見合わせるとどちらからともなく笑った。


「成功するといいねぇ」
「そうだね。ま、カルラが損しないなら私はそれでいいけど」
「…メイは優しいねー」
「然り気無く頭撫でないでくれる」