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 ムツキと久し振りに買い物したり食事したりで魔導院に帰ってくる頃には日は暮れていた。モーグリにトンベリを任せたとは言え、こんなに遅くなってしまったことに申し訳なく思いながら教室に急ぐ。モーグリへのお礼として街で買ってきたチョコボールを手に、教室の扉を開いた。


「ごめんモーグリ、遅くなって。トンベリも……あれ」


 教室の教壇のところにいるはずのモーグリは居らず、代わりにジャックの姿が目に映る。ジャックはトンベリと少し距離をあけて座っていた。
 ジャックは私に気付くと、へらっと笑う。


「おかえりー」
「た、ただいま…モーグリは?」
「僕と交代したんだぁー」
「そうなんだ…」


 ジャックがいるとは思わず固まっていると、ジャックは腰をあげて「んーっ!」と言いながら体を伸ばした。トンベリがちょこちょこと私に近寄ってくるのに気付き、トンベリに駆け寄る。そして、私を見上げるトンベリの頭を優しく撫でた。


「遅くなってごめんね」
「……………」


 そう言うとトンベリは気にするなと言うように首を横に振る。目を細めてトンベリを見ていると、トンベリが少しだけ振り返った。
 視線を上げるとジャックが欠伸をしているのが目に入る。声をかけられなかったことに物寂しさを感じていたのが、満たされるように心の中が暖かくなった。
 私の視線に気付いたのか、ジャックと視線がかち合う。ドキリと心臓が跳ね、慌てて口を開いた。


「いっ、いつから一緒に居たの?」
「ん?んー…結構前からかなぁ」
「そっか…でもなんでまた」
「メイと話してないなぁって」


 そう言ってジャックは困ったように笑う。それだけのために待っていたのかと思うと、妙に気恥ずかしくなりジャックから目線を逸らした。
 ジャックがゆっくり私に近付いてくるのがわかる。そして私の目の前まで来ると、不意に手を頭の上に乗せた。


「………」
「………」
「な、なに?」
「頭、撫でてるー」
「いや、それはわかるけど…」
「…寂しかった?」
「何が?」
「僕がメイに声かけなくて」
「…別に」
「なーにその間。気になるなぁ」


 ふふ、と笑うジャックに段々恥ずかしくなってくる。
 そりゃあ寂しさを感じていたのは事実だけれど、そんなことジャックに言ったら調子に乗るに決まってる。クイーンとも話したばかりでいけないと思っているのに、本人を目の前にするとどうも調子が狂うらしい。それもこれも全部ジャックのせいだと睨みつけると、ジャックは首を傾げた。


「なぁにー?」
「何にも!ほら、寮に戻るよ」
「あ、待ってよー」


 踵を返して教室を出ようとすると、ジャックが後ろから追い掛けてきて私の右手を掴む。じとりとした目線をジャックに送ると、ジャックはそれを跳ね返すような笑みを浮かべて、ぎゅっと右手を握り締めた。


「ジャック、あのねぇ」
「これくらい許されると思うんだけどなぁ」
「………」
「まぁ僕としてはメイを思いっきり抱き締めたいし、チュウもしたいけど」
「なっ、ばっ、へ、変態!」
「男はみーんな変態だってー」


 ジャックはケラケラ笑いながら私の手を引いて教室を出る。廊下を歩きエントランスに出るとトンベリが私たちを追い越し、魔法陣の前で振り返った。そのひとつひとつの動作が可愛らしくて頬が緩む。
 エントランスの魔法陣の前に来ると、ジャックは立ち止まり私に振り返った。


「じゃあまた明日」
「うん、また明日ね」
「あ、ねね、迎えに来てほしい?」
「え?」


 ジャックはニヤニヤしながら私を見る。さっきから私に聞いてばかりだ。どうやらジャックは私の反応を楽しんでいるらしい。いつもなら自分から決めるくせに、と思いながら私は鼻で笑う。


「ジャックが迎えに来てる頃にはもう教室にいるよ」
「んな、じゃあ迎えに行ってメイがまだ部屋に居たら?」
「ないない。だってジャックより早く起きれる自信あるし」
「…あっ、ならメイが僕の部屋に来てよー!」
「は?」


 どうしてそうなる。呆然とする私をよそにジャックは嬉しそうに喋り始めた。


「そうすれば僕の寝覚めも良くなるし、寝坊もしなくなるし、朝からメイに会えるし!うわぁ、僕ってばあったま良い!」
「勝手に話を進めるな!そもそも行くなんて言ってないから」
「えー、来てくれたって良いじゃーん。減るもんじゃないんだしさぁ」
「減る減らないの問題じゃなくて…とにかく無理なものは無理」
「ちぇ、いいアイディアだと思ったんだけどなぁ」


 ジャックは口を尖らせていながら、私をちらりと見る。私が首を横に振ると、諦めたのか肩をガックリと落とした。朝からジャックの部屋に行くなんて危なすぎる。さっき自分で言ったことを忘れたのだろうか。
 未だぶつくさ言うジャックを置いて、私は魔法陣の上に乗る。ふと手に持っている袋の存在に気付き、私はジャックにその袋を差し出した。


「?これなぁに?」
「モーグリに渡そうとしてたやつだけど居なかったから。ジャックにあげる」
「えっ、いいの?」
「うん。チョコボールだけどね」
「わぁい!ありがとう!」


 ジャックは笑顔でそれを受け取る。たかがチョコボールなのにそんなに喜んでもらえるなんて、わざわざ買ってきた甲斐があるってものだ。モーグリには悪いけれど、また次回買ってくるとしよう。


「じゃ、今日はありがとうね。また明日」
「うん、また明日ねぇー!」


 笑顔で見送るジャックを最後に、私はトンベリと一緒に女子寮へ戻る。部屋までの道のりを歩きながら、さっきのジャックの笑顔を思い出して小さく笑った。