229.5
昨日メイから聞いた話が頭から離れない。気にしないようにしていてもやっぱり気になって、今日はメイに話し掛けることもできなかった。自分達から聞き出しておきながらなんて情けない話だろう。 どす黒い渦のようなものが自分の中でぐるぐる支配されて、時折吐き気を催す。それを何とか堪えながら教室の机に突っ伏した。
(幼馴染みとは聞いていたけど、一緒に住んでたなんて知らなかったなぁ…)
我ながら執着心がすごいなと自分で自分を笑う。過去のことは今更どうしようもないと自分でもわかってる。でも、気になるものは気になるのだ。それが好きな人なら尚の事。 溜め息を小さく吐いてメイを盗み見る。メイは何か魔法の本を読んでいて、その真剣な表情を見ながらナギのあのどや顔が頭の中に浮かび、それを振り払うように頭を横に振った。
長い自習が終わるとメイは本をまとめて席を立つ。そんなメイにシンクが声をかけた。
「メイっち〜、ケイトたちとサロン行かない〜?」 「あ、ごめん、今日は先約があって」 「へー、先約ねぇ。相手は誰よ?まさかナギとか?」 「!い゙っ、たぁ!?」
立ち上がろうとした瞬間、勢い余って膝を机にぶつける。踞る僕の耳に聞こえてきたのはメイの声だった。
「やだなぁ、そんなわけないじゃん。今日はムツキと約束してたからさ」 「ムツキってあの被害妄想の?!よく付き合えるわね…」 「まぁ、ね」
苦笑いするメイと呆れるケイトを横目に、ぶつけた膝を擦る。ナギと約束していないことに安堵しながら、僕はその場から動こうとはしなかった。 メイはモーグリにトンベリのことを頼むと、足早に教室から出ていった。メイが教室から居なくなったのを確認すると、ゆっくり立ち上がる。一部始終を見ていたであろうキングが僕に声をかけてきた。
「…大丈夫か?」 「あ、あははー、大丈夫大丈夫ー」
近くを通り掛かったキングに変なところをさらしてしまった。ジンジン痛む膝の痛みを堪えながら机に椅子をしまう。本当なら僕もメイのところに行きたかったけれど、何故か今はそういう気分になれなかった。 そんな僕に気が付いたのか、キングが眉を寄せながら口を開く。
「何かあったのか?」 「いやぁ、なにもー?」 「今日はメイと一言も話してないだろ」 「あり?そうだっけ?」
惚ける僕を見てキングは溜め息を吐いた。見てる人は見てるんだな、と感心しながら僕は教室の出入り口に向かう。その傍らでケイトやシンクの残念そうな顔を横目に教室を抜け出した。
教室を出たあと、どこに行こうかフラフラとさ迷う。とりあえず外の空気が吸いたかった僕は魔法陣で噴水広場が見渡せる外の渡り廊下へと向かった。 渡り廊下に出てベンチに座る。勢いよく息を吸い込んだあと、大きく息を吐き出した。 外の渡り廊下から見える噴水広場の景色をぼーっと眺めていたら、不意に特徴のある声が耳に入る。ベンチから腰を上げて縁から顔を出すと、ムツキとメイの後ろ姿が目に入った。
「メイをいじめる奴は許さないんだから!ボクがやっつけてやる!」 「いやいやいや!やっつけなくていいから!」
爆弾を取り出しながら興奮するムツキを止めるメイの姿に、自然と頬が緩む。距離があるせいで何を話しているのかよく聞こえないが、ムツキは渋々といった感じで爆弾をしまった。 その後ろに、突然ナギの姿が現れる。何を言われたのかわからないが、ムツキは悲鳴をあげて慌ててメイの後ろに身を隠した。
(本当、神出鬼没なんだなぁ)
こんな風に傍観していると、ナギが神出鬼没なことを改めて実感する。一瞬で消えて、一瞬で移動できる技を僕にも教えてほしいくらいだ。 そしたら、メイがピンチのときでもすぐに駆け付けられるのに。 そう思いながらメイとムツキとナギを観察していると、メイが両肘を上に上げていた。何のポーズだろう。さすがにこの距離では普通の会話は聞き取れない。だからといって今からあの場所に行くには少し遠すぎる。 ナギがムツキに何かしているのをメイが止めに入る。何の会話をしているんだろう、と悶々しながら見ていると、不意にナギの顔がこっちを向いた気がした。
(…気付かれた?)
別に身を隠したりはしないけれど、何故か背筋が寒くなる。ナギは頭をかきながらメイとすれ違い様に頭を軽く叩いたあと、姿を消した。 メイは首を傾げながらムツキに手を引かれて広場を後にする。それを見送った僕は、力が抜けたかのようにベンチに座った。
「まさかお前が盗み見するなんてなー」 「…あー…やっぱ気付いてた?」
振り返らずともわかる。僕がそう言うとナギは溜め息を吐きながら縁に座った。
「なんか見られてんなーとは感じたけど、こんなとこでお前が見てるとは思わなかったぜ」 「まぁ、盗み見てたわけじゃないんだけどねー」 「だろうな。嫉妬のオーラが隠しきれてなかったし」
ふっと鼻で笑うナギに、その縁から下へ落としてやろうかと思った。そんな僕の心境を察してか、ナギが話を切り出す。
「あいつさー、昔から元気ないとき、顔を強張らせるんだ。周りに心配かけさせまいと我慢してるらしいけど」
"昔から"の言葉に眉がピクリと反応してしまう。それにナギが気付いているのかわからないけれど、ナギは続けた。
「別にお前が原因でメイが元気ないかは俺にはわかんねぇ。でも、ジャックがここにいるのもおかしいなと思ってさー」 「さっすがナギ、メイとは"昔から"の付き合いだもんねぇ。些細な変化も見逃さないなんて、尊敬しちゃうなぁ」 「……ははーん」
僕がそう言うとナギはニヤリと笑う。何もかも悟ったかのような笑みに、僕の精一杯の作り笑顔が引きつった。
「昨日、メイの生い立ち聞いてたらしいな」 「えっ、まさか盗み聞きしてたのー?本当、やることなすこと卑怯だよねぇ」 「卑怯ってなんだよ。らしいって言っただろ。エンラから聞いたんだっつーの」
エンラ、という名前に首を傾げる。聞いたことあるような気がするけれど、男に興味はないので顔までは覚えていない。ナギは未だニヤニヤしたまま口を開く。
「俺とメイは幼馴染みだし、一緒に住んだこともあるから、些細な変化もすぐわかる。まっ、悔しいのはわかるが、仕方ねぇこともあるんだよ」 「別に、悔しいなんて思ってないもーん」 「どーだか。さっきの言い分から、悔しいって気持ちが端端と伝わってきたけどな」
余裕そうな笑みを浮かべるナギに、僕は馬鹿馬鹿しくなって腰をあげる。踵を返して魔導院の中に戻ろうとする僕の肩をナギが掴んだ。
「ひとつだけ忠告」 「…なーに?」 「お前、いつだか俺に言ったよな?メイを泣かせたら許さないって」 「………」 「俺もそっくりそのまま返すわ。メイを悲しませたら許さねぇ」
いつものような声よりも一段と低い声で言うナギに戦慄が走る。そして、言うことだけ言ってナギはその場から消えた。
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