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 自習を終えた私は約束を果たすため、噴水広場でムツキと待ち合わせしていた。
 ムツキは既に噴水広場にいて、慌ててムツキに駆け寄る。私に気付いたムツキは顔をぱっと明るくさせ、口を開いた。


「メイ!」
「ごめんね、待たせた?」
「ううん、ボクも今来たところだよ!」


 そう言うとムツキは私に抱き着いてくる。ぎゅうと力強く抱き締めるムツキに私も応えるように抱き締めた。
 ムツキは私を抱き締めながら、顔を忙しなく動かす。それを不思議に思っていたら、不意にムツキが顔をあげた。


「今日はあいつはいないんだな!」
「あいつ?」
「いつもメイの近くをウロウロしてる奴だ」
「…ジャックのこと?」
「そうそいつ!」


 そういえば、と今日を振り返る。朝もジャックを見かけなかったし、教室でも今日はジャックに話し掛けられることもなかった。私からジャックに話し掛けることはないにしろ、ジャックから話し掛けられなかったことに今更もの寂しさを感じてしまう。
 それが顔に出てたのか、ムツキが心配そうな顔で私を覗き込んでいた。


「メイ、どうした?なんかあったか?」
「あ、ううん、なんにもないよ」
「まさかそのジャックって奴にいじめられたのか?!」
「えっ!?」
「メイをいじめる奴は許さないんだから!ボクがやっつけてやる!」
「いやいやいや!やっつけなくていいから!」


 興奮しながら爆弾を取り出すムツキを慌てて宥める。ムツキは不満げに口を尖らせていたが、爆弾はしまってくれた。


「あいつにいじめられたらいつでもボクに言うんだぞ?あ、ナギにもいじめられたらボクに」
「誰が誰をいじめるって?」
「ひぎゃああ!?」


 突如ムツキの背後にナギが現れる。ナギの声にムツキは飛び上がり、慌てて私の後ろに隠れた。その手にはしっかりと爆弾が握られている。


「で、出たな!神出鬼没野郎!」
「なんだよそのアダ名」
「お前が神出鬼没だからだ!」
「そうか、サンキュー」
「…?お礼言われるようなこと言ってないぞ」
「俺にとって"神出鬼没"は誉め言葉なんだよ」
「お前…変人だな!」
「お前に言われたくねぇわ」


 まるで漫才のようなやりとりをする二人についていけず呆然と立ち尽くす。がるる、と息巻くムツキとそれをあしらうナギに、私は溜め息を吐きたくなった。
 ムツキの頭をぽんぽんと軽く叩くとムツキが振り返る。そしてナギに視線を移した。


「ナギ、何か用?」
「ん?いや、たまたま見かけたからさ。そいやぁ今日はあいつ、いねぇんだな」
「…うん、そうだね」
「…なーんか元気ねぇな」
「え?」
「メイ、やっぱり元気ないのか?大丈夫か?」
「えぇ、元気あるから!むしろ有り余ってるくらい!」


 そう言って拳を作り両肘を上に曲げてアピールする。ナギは私を見て怪訝な表情をしていて、これはもう気付いてるな、と観念するしかなかった。


「ま、そんならいいんだけどな」
「話はそれだけか?終わったんなら早く行こう!」
「はいはい」
「は?行くってどこにだよ?」
「お前なんかに教えるわけないだろバーカ!」
「この口か?生意気なこと言う口は」
「いひゃっ、やへろー!」
「こら、ムツキを弄るのいい加減やめなさい」
「いて」


 ムツキの頬を引っ張るナギの腕にチョップを繰り出す。ナギの手が離れると、ムツキは両頬を押さえながらナギを睨み付けていた。


「全く、年下相手に大人気ないよ」
「そうだそうだ!」
「いい加減その減らず口、閉じねぇとお前んとこの爆弾全部処理するぞ」
「!?や、やれるもんならやってみろ!」
「ムツキ、ナギならやりかねないからここは落ち着こう?大丈夫、ムツキの爆弾全部処理するものなら私が寝てるナギの部屋に爆弾投げ込んでおくから」
「…おっかねーこと言うなよ…」


 そんなことはしないが、ナギが本当にムツキの爆弾を処理したときは実行するかもしれない。まぁ一生そんなことはないだろうけど。
 ムツキは私の服をぎゅうと握り締めながら、未だナギを睨み付けている。ナギは頭をかいて苦笑いを浮かべた。


「ま…どこに行くか知らねぇがあんま遠くには行くなよ」
「わかってるよ。ね、ムツキ」
「うん!ボクとメイの時間を邪魔するなよ!」
「へーへー。じゃ、またな」
「はーい。行ってきまーす」
「…行ってらっしゃい」


 ムツキに手を引かれながらナギとすれ違うと、すれ違い様に頭を軽く叩かれる。なんで頭を叩かれるんだ、と顔を後ろに向けるが、既にナギの姿はなかった。
 首を傾げる私に、ムツキが声をかけてくる。


「あいつ、本当に過保護だな!」
「…ふふ、そうだね」
「前と何にも変わってないしな!」
「うん。ムツキはだいぶ変わったよね」
「ううううるさい!いじめるな!」
「いじめてないよ。ムツキかわいいなーって」
「からかうな!」


 頬を膨らませるムツキの頭を撫でながら、私とムツキは魔導院を後にした。