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あのあと、私の話題から日常的な話題に移ったお陰で根掘り葉掘り聞かれずに済んだ。ご飯を食べ終えた男子が少ししたあと先にリフレから出ていくと、サイスさんも続くように出ていき、そのまま解散となった。 不思議に思ったのがジャックで、私のあの話を聞いたあと一切喋ることはなく、笑顔を張り付けたまま何か考え込んでいるような様子だった。少し不気味だったけど何も聞かれなかったことに安堵した。 リフレで皆と別れたあと、トンベリと一緒にテラスに移動する。太陽は沈みかけていて、皆と過ごした時間が案外長かったことに気付いた。テラスのベンチに座ると不意にテラスの魔法陣が発動する。
「メイさん」 「クイーンさん?」
私の名前を呼ぶ声に振り返る。そこにはクイーンさんが柔らかい笑みを浮かべながら私に近付いてきた。
「隣、いいですか?」 「え、うん、どうぞ」 「ありがとうございます」
そう言うとクイーンさんは私の隣に腰を下ろす。急にどうしたのだろうか、と不思議に思っていたらクイーンさんのほうから声をかけてきた。
「こうしてあなたと話すのは初めてですね」 「…そういえばそうだね」
クイーンさんの言う通り、こうして二人きりで話すのは初めてだ。0組とは長い時間共にしてきたけれど、一人一人との時間は短い。ただ、ジャックだけはそれに除外されるけれど。
「………」 「………」
お互い黙り込む。腹の探りあいをしているようで居心地が悪い。気まずくなった私は先手を打つようにクイーンさんに話し掛けた。
「く、クイーンさん、私に何か用だった?」 「…用、ですか。そうですね、メイさんに聞いてもらいたいことがありまして」 「聞いてもらいたいこと?」
クイーンさんが私に聞いてもらいたいことがあるなんて、と驚いているとクイーンさんは少し顔を俯かせておそるおそる口を開いた。
「ジャックのことです」 「………」 「先日、マザーからわたくしに、ジャックとあなたのことを注視するよう言われました」 「…そっか」
私がジャックと関わることにドクターが危惧している。でもどうして0組ではなく、ジャックだけなのだろう。0組に配属させたのは紛れもないドクターなのに、意味がわからない。 溜め息が出そうになるのを堪えていたら、クイーンさんのほうから溜め息が聞こえた。
「わたくしも何故今更、と思いましたが、マザーに言われては仕方ありません。ですがわからないのです」 「わからない…?」 「誰かを想うことを第三者が妨げたとしても、想いは変わりません。なのに何故マザーが今更そう言うのか、わからないんです」 「………」 「まるで、二人の仲を引き裂くことを命じられているみたいで…心苦しいのです」
そう言うクイーンさんの表情は本当に辛そうで、見ているこちらまで胸が締め付けられる。クイーンさんがドクターに言われたことをわざわざ私に伝えてくれたのは、後ろめたいことをしているのだと感じているからだろう。 ジャックと私の気持ちの問題に、ドクターは介入できない。個人の気持ちを操ることはできないからだ。だから、0組の中でもしっかり者のクイーンさんに私とジャックを深く関わらせないよう言ったんだと思う。 私は大きく息を吸い、口を開いた。
「大丈夫」 「え?」 「私はジャックとどうこうなるつもりはないから」 「…ジャックの気持ちはどうするんです?」 「ジャックもわかってるはずだよ」 「………」 「だからそんな思い悩むような顔しないで。クイーンさんに私たちの問題を背負わせちゃってごめんね」 「わ、わたくしは別に…」
クイーンさんは気まずそうに眼鏡をかけ直す。ジャックの気持ちも気にかけてくれて、クイーンさんは仲間思いで優しいと思った。これは二人の問題なのだから皆を巻き込むわけにはいかない。現にこうしてクイーンさんが苦しんでいるのだから。 私は居ても立ってもいられずクイーンさんに向かって勢いよく頭を下げる。
「クイーンさん本っ当にごめん!」 「え?あ、あの顔を上げてください!」 「皆に迷惑かけてばっかりで…」 「そんなことないですよ!仲間なんですから、迷惑なんかじゃありません」 「…ありがとう」
お礼を言うとクイーンさんははにかみながら、腰を上げた。
「決めました、わたくしはもうメイさんとジャックのことに口出しはしません」 「…でもドクターに何か言われるんじゃ」 「マザーには何とか言っておきます。…それと、少しお願いがあるのですが」
クイーンさんはそう言うと気恥ずかしそうに目線を逸らす。お願いってなんだろう、そう思いながら「お願いって?」と聞くと、クイーンさんは真っ直ぐ私を見据えて口を開いた。
「な、名前のあとに"さん"を付けないでください」 「…クイーン…?」
私がそう言うと、クイーンは嬉しそうに頷いた。私は「それなら」と続ける。
「クイーンさん、じゃなくてクイーンも、私のこと呼び捨てでいいよ」 「えっ、ですがメイさんは一応年上ですし…」 「一応ね…でも年なんて関係ないよ。仲間なんだし!私からのお願い!ね?」 「…そう、ですね。わかりました。メイ、でいいでしょうか?」 「うん!」
私が返事をすると、クイーンは頬を少し赤くさせて笑みを浮かべた。
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