225




 メイがリフレから出ていったあと、ケイトが口元に手を当てて肩を震わせた。


「ふ、ふふふ…なにあの反応…」
「ケイト気持ち悪いよぉ〜」
「逃げるほどジャックとの話題は出したくないってことか」
「メイさん、そんなにジャックさんとのこと言いたくないんでしょうか」
「…そうかもしれませんね。ましてや本人を目の前にして言えるほど余裕がないのでしょう」
「その本人からもプレッシャーかけられたら逃げたくもなるさ」
「えぇ?僕プレッシャーかけてたぁ?」
「ジャック、お前ここに来てからメイしか見てなかっただろ」
「あは、キングったらまたまたご冗談をー」
「駄目ですね。さっきからずっと浮かれっぱなしです」


 だらしない笑みを浮かべるジャックを見て、キングとトレイは溜め息を吐く。エイトとエースもメイのことを不憫に思っていた。ナインはナインで、未だに状況を把握していないらしく眉を寄せて首を傾げている。
 そこに注文した料理が完成したらしく、マスターが料理を取りに来るよう声をかけた。それをエイトが取りに行く。


「そういえば、任務が終わったってのにまだマキナは帰って来ないの?」
「えぇ、COMMで呼び掛けもしているのですが繋がらず…」
「全くあいつはどこほっつき歩いてんのかね」
「レムっち、すごい心配してるのにねぇ〜」
「マキナのことを覚えてるということは死んでいないはずだし。あ、ありがとうエイト」


 エースが顔を俯かせながら言うと、そこへエイトが丼をエースの前に出す。エースはそれを受け取ると、はぁ、と溜め息を吐いた。


「怪我とか、してないといいんだけどな…」
「まぁ大丈夫でしょー。死んでないだけマシだってぇ」
「…ほんとお前って"ポシテブ"だよな」
「………」
「あん?んだよ皆して黙りこくって」
「ナイン、"ポシテブ"ではなく"ポジティブ"です…」


 クイーンがそう訂正した瞬間、どっと笑いに包まれるのだった。


*     *     *


 ケイトから逃げてきた私は足早にレムさんの部屋に向かう。ケイトもケイトだけど、ジャックもジャックだ。リフレに来てからずっと私のこと見てるし、ケイトがあんなことを言うから恥ずかしくなって逃げてきてしまった。情けないったらない。
 はぁ、と溜め息を吐いたら不意に名前を呼ばれた。


「メイさん…?」
「あ、レムさん…て、うわっと!?」


 レムさんの体がよろめいてすかさず抱き止める。レムさんの顔色は真っ青で息遣いもいつもより荒かった。


「レムさん大丈夫?!」
「う、うん、ごめん、なさい…」
「謝らないでいいから、ここじゃあれだしリフレ…じゃだめか、サロンまで歩ける?」


 私がそう言うとレムさんは弱々しく頷く。レムさんの体を支えながら、サロンに向かった。

 サロンに着くとレムさんをソファに座らせる。落ち着かせるように背中を擦っていたら、レムさんがゆっくり顔をあげた。


「ありがとう、メイさん…」
「全然いいって。何か飲み物とかいる?」
「ううん…大丈夫」


 辛そうに笑うレムさんに胸が苦しくなる。できるだけのことをしようとレムさんが落ち着くまで傍にいることにした。
 少しして落ち着いたのか、レムさんは深く息を吐く。そして私に顔を向けると微笑みを浮かべた。レムさんの顔色はさっきよりもだいぶ良くなっていて、私もホッと安堵する。


「もう大丈夫、メイさんありがとう」
「ううん、でも本当に大丈夫?」
「うん!薬の副作用だから平気」
「薬の副作用…」


 ドクターから薬を処方されたことを思い出す。でもあれは夜に副作用がくるとドクターは言っていたはず。私が不思議がっていることに気付いたのか、レムさんは苦笑しながら口を開いた。


「ドクターに新しい薬もらったんだ」
「そう、なんだ…」
「うん。でもその薬は飲んだ直後に副作用がくるらしくって」
「…リフレに着くまでに副作用がおさまると思ってたの?」
「えへへ」


 そう言いながらレムさんは頭をかく。呆れて物も言えない私に、レムさんはしょんぼりとさせて「ごめんなさい」と謝った。
 レムさんの無茶振りに呆れただけで怒ってはいない。それを勘違いしているかもしれないレムさんになるべく優しく声をかける。


「あの、私は別に怒ってるんじゃなくて…レムさんが無茶しすぎで吃驚したというか」
「…メイさん」
「ん?」
「私、まだ行けるから」
「………」
「…まだ、戦えるから」
「…うん」


 だから戦うことを決めた自分を否定しないで、そう訴えかけているような気がして、私は頷くことしかできなかった。