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 あれからモーグリが私の席を決めてくれたお陰で、難なく授業に入ることができた。私は時折ジャックの視線を感じながら防御魔法についての本に目を通していく。
 授業と言っても、最初のモーグリの授業は自習となった。モーグリが教科書を持ってくるのを忘れ、取りに行ったはいいものの持ってきた教科書も全く関係のない教科書で、授業が始まる気配がなく、意気消沈したモーグリを皆で慰めながら、しばらくは自習の時間ということに落ち着いた。
 ふぅ、と一息を吐いて本を閉じる。すぐ横にある魔法の書を手に取ろうとしたとき、モーグリの声が教室に響いた。


「今日の自習はそこまでクポー」


 その声に私は素早く本をまとめて席を立つ。いつの間にいたのか足元にトンベリがちょこんと立っていた。驚きつつもトンベリと教室を出て、クリスタリウムに向かうためエントランスに出る。すると閉めたはずの扉が、勢いよく音を立てて開き「メイ!」と聞き慣れた声が耳に入った。振り返るとにやにやと不気味に笑うケイトの姿と、その後ろからぞろぞろと出てくる0組の女子たちが目に映った。


「ケ、ケイト、どうしたの?」
「ねぇ、今から女子だけでリフレに行くんだけど、メイも一緒にリフレ行かない?ていうか強制ね!」
「強制?!まぁいいけど…あ、でもこの本返しに行ってくるから先に行ってて」
「了解!」
「ねぇ、ケイト〜、女子だけでリフレって何があるの〜?」
「ふふん、メイの歓迎会やろうと思って!」
「え」


 目が点になるとはこのことを言うのだろう。呆気にとられる私に、「ケイトは言い出したら止められないですから」と諦め顔でクイーンさんは言った。
 歓迎会だなんて今更だし、わざわざそんなことしなくてもいいのに、と思いながらも内心嬉しくてにやけないように口元を引き締める。そこへちょうど通りかかったサイスさんがはっ、と鼻で笑った。


「歓迎会なんて今更すぎんだろ」
「まぁそんなこと言わずにさ。サイスも行くよね?」
「あたしが参加するわけねぇじゃん」
「え〜、サイスも参加しようよぉ〜」
「くだらねぇ…」
「あ、サイス、どこに行くんですか?」
「どこでもいいだろ」


 そう言うなりサイスさんは私たちの前を通り過ぎていってしまった。ケイトは溜め息を吐いたあと、「ま、仕方ないかー」と開き直り私に振り返る。


「それじゃアタシたち先に行ってるから、メイも早く来てよねー」
「う、うん…」
「じゃあまた後でね、メイさん」
「サイスがすみません…でもいつもああなので気にしないでいいですから」


 そういうと皆は魔法陣でリフレに移動する。それを見送った私は、本を抱え直したあと慌ててサイスさんの後を追った。


「サイスさん!」
「あ?…あんたか」


 めんどくさそうに呟くサイスさんに少し怯んだがめげることなく話しかける。


「あの、サイスさんも一緒に…」
「なんでだよ」


 言い終わる前に一蹴されてしまうが、これくらいは予想していた。私の歓迎会だから来てほしいってわけじゃなくて、ただ単に皆で楽しい時間を過ごしたいだけだ。
 今回はクイーンさんもいるし、サイスさんが来れば皆(といっても女の子たちだけだけど)揃う。でもそれはサイスさんにとって押し付けがましいだけでいい迷惑かもしれない。
 どう言葉をかければいいのか悩んでいると、サイスさんが溜め息を吐きながら振り返った。


「あんたはなんでわざわざあたしに構うのかねぇ」
「…なんか、気になって」


 そう呟くように言うとサイスさんは呆れたのかまた溜め息を吐いた。


「ほんっと変な奴だよな」
「そうかな」
「人が良すぎんだよ。いつか誰かに騙されるぞ」
「私一応これでも騙してた側だったんだけど」
「そりゃあ騙された奴が単純すぎたんだよ」
「そんなことはない、はず…」
「はっ、心当たりあるんじゃねぇか」


 テンポよく続く会話に頬が緩む。心なしかサイスさんの表情や言動も和らいでるような気がした。サイスさんもそれに気付いたのか、決まりが悪そうに視線をそらす。


「あー…ちっ、今日だけだからな」
「え?」
「これが最初で最後ってこった」
「…出来れば最初で最後にはしてほしくないかな」
「あ?」
「えーと、せ、戦争が終わったらまた皆で集まりたいなって」
「…あんた見掛けによらず我が儘で欲張りなんだな」
「迷惑だった?」
「……ま、考えといてやるよ」


 そう言うとサイスさんは踵を返し魔法陣ではなくクリスタリウムのほうを歩いていく。なんでクリスタリウムに行くのか不思議に思っていたら徐にサイスさんが振り返った。


「本、返しに行くんだろ」
「…サイスさん先にリフレ行っててもいいよ?」
「ケイトとかに茶化されたくないんでね。メイに無理矢理連れてこられたことにするから」
「あぁ、なるほどね…」
「ほら、さっさと行くぞ」
「はいはい」


 ぶっきら棒なようでそうじゃないサイスさんに感謝しながら、私は後を追い掛けた。