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ムツキを見送ったあと、私は0組の教室に向かう。0組の教室はクリスタリウムの反対側にある扉の向こうにあった。魔法陣で移動しなくても教室があることに新鮮味を感じながら、扉に手をかける。扉をあければ廊下の先に教室へ続く扉があった。
「あ、メイ!おはよー!」 「おはよ、ジャック」
廊下の壁にジャックがもたれているのが見えて、私に気付いたジャックが駆け寄ってきた。にこにこ笑っているジャックに私もつられて笑ってしまう。目の前に来たジャックは「じゃーん」と言って左腕を私に見せてきた。
「なに…あ」 「似合うー?」
ジャックの左手首には私があげた向日葵のブレスレットが装着されていて、なんだか気恥ずかしくなり顔を逸らす。顔が熱くなるのを感じながら「似合うんじゃない」と呟いた。自分は本当に可愛いげがない。
「一生大事にするねー!」 「はいはい」 「何を大事にするんだ?」 「うわぁ?!」
いきなり背後からエースの声が聞こえ、思わず声をあげてしまう。慌てて振り返れば、エースはキョトンとした顔で私を見ていた。エースの問いにジャックが嬉しそうな顔で「あのね」と言い始めると私はジャックの言葉を遮るように口を開いた。
「ああ、あのエース!お墓参りに来たんだけど!」 「あぁ、僕らも今さっき行ってきたところだ」 「そっか、なら私もお墓参り行ってくるね。ジャックはお墓参り行った?」 「え?まだだけど」 「じゃあ私と一緒に行こっか!てことでエース、また後でね!」 「あ、あぁ…」
呆気に取られているエースを置いて私はジャックの手を引いて教室の中に入る。教室にはセブン、レムさん、クイーンさん、エイト、ナインがいて、一斉に私たちを見てきた。
「メイさん、おはよう…あ、朱のマントになってる!」 「おはよう、レムさん。今朝クイーンさんにもらったんだ」 「そうなんだ。これでメイさんも正式に0組の仲間だね!」 「うん、よろしくね」
そう言うとレムさんは嬉しそうに頷く。微笑み合う私とレムさんにクイーンさんが声をかけてきた。
「メイさん、おはようございます」 「おはよう、クイーンさん。マントありがとうね」 「どういたしまして。お墓参りでしたらあちらの扉から行けますよ」 「あ、ありがとう!お墓参り行ってくるね」 「はい。あ、ジャック、少しお話があります」 「え?」
クイーンさんに言われジャックは怪訝そうに首を傾げる。私はジャックの手を離して「なら私先に行ってるね」と言いトンベリと共に裏庭に向かった。 裏庭に出ると暖かい陽射しが私たちを包み込む。外の空気を大きく吸い込んで吐き出した。戦場から帰ってきてから久し振りに吸う外の空気は澄んでいて、漸く帰ってきたんだなと実感する。
(ベンチに座って待ってようかな)
裏庭に出て真正面にあるベンチに腰をおろし一息つく。ふと空を見上げれば雲ひとつない青い空が目に映り、自然とベンチの背もたれに身体を預けた。
* * *
クイーンに呼び止められたジャックはメイが教室から出ていったのを見送ると、怪訝な面持ちでクイーンに振り返る。クイーンはメイがいなくなったのを確認すると、溜め息を吐いた。
「話ってなぁに?」 「メイさんのことです」 「…メイのこと?」
メイの名前にジャックは眉がピクリと動く。クイーンは真剣な表情でジャックを見据えた。
「あなたがメイさんを寵愛しているのはわたくしたちもよくわかっています。…ですが、最近のあなたはメイさんに深入りしすぎです」 「……ねぇ、クイーン。もしかしてマザーに何か言われたー?」 「…いいえ」 「そっかぁ…マザーにも似たようなこと言われたんだよねぇ。まぁでも、今更そんなこと言われても無理だよぉー。クイーンも、本当はそう思ってるんでしょ?」
ジャックがそう言うとクイーンはばつが悪そうな顔をして黙り込む。クイーンの様子にジャックは肩を落として、嘲笑するように笑った。それはクイーンに対してではない。自分に対してだった。
「マザーの言いたいこともクイーンの言いたいこともわかってるよー。ただ僕は皆を守りたいと思うように、メイのことも守りたいだけ。ほら、メイって気付けばどっか行っちゃうでしょ?しかも皆に気付かれず居なくなっちゃうんだもん。だから誰かが見ててあげなきゃ」 「…確かにあいつ気付いたらどっか消えてるよな」 「メイは9組の候補生だったし、気配を消すくらい容易いだろうな」
ジャックの言うことにナインとエイトが同調する。クイーンは眉を寄せて何か言いたそうな表情だったがそれを宥めるようにセブンがクイーンの肩を叩いた。
「あいつはちゃんとわかってるさ」 「…だと良いのですが…」 「さてと、それじゃあ僕も墓参りってやつに行ってくるねー!」
ジャックはそう言うと裏庭へと続く扉を開けて教室から出ていく。それを見送ったクイーンは項垂れながら溜め息を吐いた。
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