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 9組から0組に異動する候補生に、周りの候補生は微妙な反応だった。落ちこぼれ組だった奴がいきなり0組に入るのだから当たり前かもしれない。
 茶色のマントを外し、机の上に畳んで置く。その横に真新しい朱のマントが目に入った。朝方、クイーンさんがわざわざ届けてくれたものだ。それを手に取り、朱のマントを装着する。9組だった私が0組だなんて、なんだか滑稽な気がしてならなかった。

 マントをつけた後、トンベリと一緒に部屋を出る。朱のマントを届けに来てくれたクイーンさんに、墓地に行くよう言われたからだ。多分、クイーンさんが言いたいのはお墓参りのことだろう。
 この前の戦争で大勢の人が亡くなった。魔導院に帰ってきて候補生の数も目に見えて激減していた。戦争が続けば続くほど犠牲者は増えていくのに、それでも戦争をやめないのは何故だろう。
 そんなこと考えながら歩いていると、後ろから私の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。


「メイー!」
「!ムツキ!」


 ムツキの声に慌てて振り返るとムツキが笑顔で走って来るのが見えた。その速さに思わず身構える。


「メイ会いたかったー!」
「ムツ…ぐはっ」


 ムツキの身体を受け止めたは良いものの、勢いありすぎて尻餅をついてしまった。ムツキは構わず私を抱き締めている。
 あの大戦をこんな小さい身体で頑張っていたんだなと思うと、私はムツキを思いっきり抱き締めた。


「メイ、く、苦しい…!」
「あ、ごめん!つい…」


 思いの外力が入りすぎたのか、ムツキは苦しそうに声を溢す。パッと腕を離すもムツキは未だ抱き着いたままだった。どうしたものか、と苦笑していたらムツキの体が微かに震えていることに気付く。いつまでも顔をあげないムツキに私は頭の上に手を置いた。


「おかえり、ムツキ」
「……た、ただいま…」


 ポンポンと軽く頭を叩いたあと優しく撫でる。抱き着いたまましばらく経つとムツキがそっと離れて私を見上げた。心なしか目が赤い。私と目が合うとムツキはニカッと笑みを浮かべた。


「約束、ちゃんと守ったぞ!」
「うん」
「じゃ、じゃあ遊んでくれる?」
「もちろん!」


 そう言うとムツキは目を輝かせて私の手を取ると嬉しそうにしながら私を引っ張って立たせてくれる。小動物を見ているようで小さく笑っていたら、ムツキが何かを見つけたのか「あっ」と声をあげた。


「こいつがなんでメイの側にいるんだ?!」
「ん?あぁ、トンベリ?」


 今更気付いたムツキに苦笑する。ムツキは警戒しているのか私の手をぎゅうっと掴んでトンベリから少し距離をとった。トンベリはキョトンとした顔で私とムツキを見ている。


「なぁメイ、こいつ0組のペットじゃなかったのか?!」
「0組のペットではないかなー」
「じゃあなんで?」
「えーと、トンベリは0組の指揮隊長だった人のペットで、その指揮隊長が今いないから私が預かってるの」
「いないって?」
「んー…行方不明なんだよ」


 どう言えばいいのかわからず行方不明と口にする。死んではいないけど記憶はない、ということをムツキには言えなかった。
 ムツキは納得しているのかはたまた興味がないのか「ふーん」と相槌をしながらチラリとトンベリを見る。トンベリもムツキのことが気になるのかムツキをじっと見つめていた。


「トンベリは待ってるんだよ」
「待ってるって何を?」
「私がムツキを待ってたように、トンベリも指揮隊長が戻ってくるのを待ってるの」
「…そうなのか」


 ムツキは私を見上げたあと、またトンベリに目を移す。そして私の手を握ったままポツリと呟いた。


「こいつもまた指揮隊長に会えるといいな」
「…そうだね」
「あー!ムツキいたクポー!」
「………」
「………」


 しんみりとしていた空気に突如可愛らしい声が辺りに響く。その正体は言わずもがなモーグリで、そのモーグリが凄い速さで私たちの前に来るとムツキに詰め寄った。


「ムツキ!探したクポ!さぁ教室戻って報告書提出するクポ!」
「い、イヤだ!あんなじめっとした教室になんか戻りたくない!」
「じめっとした教室…?」
「ある子が教室を水だらけにしちゃったんだクポー」
(教室が水だらけってどんなことしたんだろう…)


 不思議に思っていたら、ムツキは私の背中に隠れる。この光景に既視感を覚えながら私はムツキの手をとった。


「遊ぶのは報告書終わったあとにしよっか」
「え!?」
「私も今から行かなきゃいけないところあるからさ。ね?」
「う…報告書終わったらすぐ遊んでくれる?」
「うん!ムツキのことずっと待ってるから、ね?」
「……わかった、すぐに報告書終わらせてくる!」


 そう言うな否やムツキは勢いよく駆け出した。その後ろをモーグリが慌てて追い掛けるのを見て自然と頬が緩む。ふとトンベリに目を移すとトンベリもムツキの背中を見つめていた。