218.5




 いつもの魔導院の景色が目に映る。行き交う候補生の中で一人の女の子を見つけた僕は彼女に向かって走り出した。彼女は僕に気が付くと優しく笑みを浮かべる。その微笑みは僕の一番大切な人の笑みによく似ていた。それを見るだけで力が湧いてくる、なんでもできちゃう気がしてくるのは、彼女を守りたいから。
 彼女に向かって手を伸ばしたその時だった。いきなり世界が暗転して、気が付くと辺りは赤く染まった魔導院が目に映る。目の前にいた彼女は居なくなっていて、行き交う候補生の姿もなかった。


「    」
「!」


 不意に名前を呼ばれた気がして振り返る。自分の数歩先にさっきの彼女がいて駆け寄ろうとするが、金縛りにあったかのように動けない。足元を見れば、何かが僕の足に絡み付いている。太く黒い鎖のような物が絡み付いていて、それは徐々に僕の膝や太股を縛り、やがて身体全体が鎖で覆われた。声を出そうとしても声が出ない。ふと彼女は見れば、彼女は悲しそうな表情で僕を見ていた。
 そして、彼女との距離があいていく。彼女は一歩も動かず、後ろに引き摺られる僕を見ながら口を動かした。


「かならずあなたを、皆を――」



*     *     *


 ジャックは慌てて飛び起きる。やけに生々しく残る身体の痺れに、ジャックの顔色は青かった。飛び起きたジャックは両手を開いたり閉じたり、足を動かして、自分が動けるのを確認する。


「夢、にしちゃあ感覚が現実的だったなぁ…」


 そう呟くとジャックはベッドに潜り込む。窓を見ればまだ外は薄暗く、朝日も昇ってないことに気付いたジャックは溜め息を吐くと再び目を閉じた。今度の夢はどうか楽しい夢でありますように。そう願いながら、ジャックの意識が遠退くのに時間はかからなかった。


*     *     *


 今度は教室の光景が目に映る。しかし、いつものような教室ではなかった。机や椅子は傷だらけで、教室が外に剥き出しになっている。何が起こったのか、と辺りを見渡すも誰もいない。そこにはいくつもの朱のマントが何かに括られ、ひとつの旗となっていた。不思議と恐怖感はない。何の意味なのかと首を傾げていたら、また世界が暗転した。
 次に目に映ったのは墓地だった。墓地は先程の教室のように荒らされていることなく綺麗に保たれている。そして、その墓地の中心で誰かが手を空に向けているのが見えた。見覚えのある背格好に、ジャックは眉を寄せる。
 ジャックは彼女に向かって手を伸ばしたが届くことはなく、その手は空を切った。


*     *     *


 手が上がっているのを感じながら目を開ける。上に伸びている腕をゆっくりおろすとジャックは髪を掻き上げた。


「変な夢ばっかり…はぁ、僕呪われてんのかなぁ…」


 身体を起こして溜め息を吐く。目覚め悪すぎる、と思いながら時計に目を映した。時計の短針は3を指していて、ジャックは慌てて窓に顔を向ける。さっきは朝日すら昇っていなかったのに、いつの間にか太陽は傾き始めていた。
 ジャックはCOMMを手に取りメイに通信を繋げようと試みるも、メイのCOMMが切れているのか全く通信は繋がらなかった。
 何かあったのかもしれないと焦ったジャックは身支度を急いで整えると部屋を飛び出した。

 逸早く向かったメイの部屋は蛻の殻でジャックはあちこち走り回る。リフレ、クリスタリウム、サロン、テラス、チョコボ牧場、全部回ったがメイの姿は見つからなかった。
 あの夢のせいでジャックは焦燥感に駆られる。見つからない苛立ちや焦りを殺すようにジャックは奥歯を噛み締めた。

 結局メイを見つけることができず途方に暮れたジャックは落ち込みながら自身の部屋に向かう。そんなとき、ある部屋の前から楽しげな声が耳に入った。その部屋の名前を見て、ジャックは目を見張る。


「…ここ、ナギの部屋なんだ…」


 その部屋から聞き慣れた声と探し求めていた人の声が聞こえ、ジャックは自然と耳を澄ませた。


「…で、エンラがさぁ…」
「……大変だね…」
「俺のほうが……」
「あはは、ごめんごめん」


 楽しそうに話してるナギとメイに、ジャックは唇を尖らせる。メイがちゃんと居たことに安堵しながらも、胸が締め付けられる感覚に襲われ、咄嗟に踵を返した。


(メイは0組に入ったんだから、いつだって会えるし話せるじゃん…。はあ…もう、やだなぁ、こんなキャラじゃなかったのに)


 溜め息を吐きながら、ジャックはナギの部屋を後にした。