218
軍令部の扉の音が耳に入るとやっと私は頭をあげる。はぁ、と安堵を込めた息を吐き出すと、いきなりナギが私の頭を鷲掴みした。
「いた、いたたたた!」
頭を掴む手に力が入る。ナギの手を退けようと手を伸ばすと、痛みがスッとなくなった。ジンジン痛む頭を押さえながらナギを盗み見ると、明らかに不機嫌なナギが私をジト目で見つめていた。
「俺の言いたいことはわかってるな?」 「な、なんとなく…」 「うし、ここじゃなんだし俺の部屋行くぞ」
有無を言わさず私の手を取るナギに、大人しく着いていく。トンベリも私たちに置いていかれないよう必死に追いかけてるのを見て、私はナギに声をかけた。
「ちょ、待って、トンベリも連れてくから」 「ん?あぁ、トンベリのこと忘れてた」
足を止め手を離すナギに、私はトンベリを抱き上げる。そんな私を見て、ナギは溜め息を吐くと部屋に向かって歩き出した。
ナギの背中を見つめながら、さっきの女の子の言葉が頭の中を駆け巡る。自分がどれだけ自分勝手で欲張りで我が儘か、身に染みた。無意識、と言ったら彼女に張り倒されるかもしれない。ナギの気持ちを知りながらその気持ちを私は踏みにじっていた。 ナギは私が答えないのをわかってて側にいてくれた。それがナギを傷付けていることだと知らずに、ナギの優しさに甘えていた。彼女に言われなければこのままずっと甘えていたかもしれなかったことに今更気付くなんて、私は本当に愚か者だ。いい加減白黒させなくてはいけない。ナギのために、自分のために。 そう思いながらも、まだこのままで居たいと願う自分自身に嫌悪感を抱いた。
ナギの部屋に着き、ナギが部屋に入っていくと私も続いて部屋に足を踏み入れる。ナギの部屋を訪れるのは訓練生以来で、懐かしさを感じた。 ナギは自分のベッドに腰をかけ、バンダナを取って髪を掻き上げる。私は椅子に座ると、椅子の周りをちょこちょこ歩くトンベリを抱き上げて膝の上に置いた。
「まったく…お前って本当、何者なんだよ」 「何者って…」
ナギにまで言われるとは思わず私は目を伏せる。"何者"って言葉が今の私には重くのしかかった。
「いきなり0組に異動が決まるし、あのドクターを利用するような真似するし。色んな意味で吃驚したっつーの」 「お、驚かせてごめん…でも私もまさかドクターが助けてくれるなんて思わなかったよ」 「はぁ?てことはさっきのは賭けだったのか…」
呆れ顔でいうナギに苦笑する。ナギは溜め息をつくとベッドに仰向けで寝転んだ。
「ま、何にせよメイが生きてて良かったよ」 「うん。ナギも生きてて安心した」 「そう易々と死んでたまるか。てかあんまり俺のこと心配してなかったろ」 「ん?そんなことないない。まぁでもナギが簡単にくたばるとは思わないから、心底心配、はしてないかなー」 「だろうと思った。まー俺はメイを置いて死ぬわけにはいかねぇし」
そのナギの言葉に胸の奥がナイフで突き刺されたような痛みが走る。いっそのこと本当に刺してくれないかな、とトンベリをちらりと見ると何かを察したのか、トンベリは顔をプイッと背けた。
「それより、お前あの大戦の中でいつ0組に異動の命令が出たんだ?」
いつの間に身体を起こしてるナギに、私は昨日のことを思い出す。 確か、蒼龍から皇国にジャックを送って、そこで誰かに言われたような…。 その"誰か"がわからず私は眉を寄せた。そんな私をナギが不思議そうに覗き込んでくる。
「メイ?」 「…確かジャックをビッグブリッジに送りに行った時に聞かされたような気がする。誰に言われたかは思い出せないんだけどね」 「ふーん」
その誰かは思い出せないけれど、不意にカヅサさんの姿が脳裏を過る。あの場にカヅサさんは居なかったのに何でだろう、と不思議に思っているとナギの声が耳に入った。
「まさか任務中に異動が決定されるなんてなー。普通にあり得ねぇだろ」 「あり得ないけど、私の処分を預かってたのドクターだし」 「確かに。あの人なら何やらかしてもおかしくねぇもんな」
そう言うとナギはフッと笑う。つられて笑うと、「あと」と言いながらナギは私のお腹辺りに指をさした。その指している先に顔を動かすと、当然トンベリの姿が目に入った。
「なんでこいつがメイのそばにいんの?」 「指揮隊長が居なくなってトンベリひとりだったからさ。どうせ0組になったんだし私が面倒見ようと思って」 「へぇ…しょうがねぇとしても少し"邪魔"だなー」 「"邪魔"…」
私を邪魔と言ったわけではないのに、何故か胸が苦しくなる。あの女の子もきっと私を邪魔だと思ってるのだと思うと、他人事ではないような気がしてならなかった。 何故か落ち込む私にナギが慌てたように声をあげる。
「いや、まぁでもさ、お前がいてトンベリも救われたと思うぜ。それに、トンベリのお陰で厄介払いできるしな」 「?厄介払い?」 「ほら、ジャックとかジャックとかジャックとか」
あまりにも真剣な表情で言うナギが可笑しくて頬が自然と上がる。んふふ、と変な笑いが出る私にナギは安心したように笑った。
「笑い事じゃねぇぞー。あいつと同じ組になっちまったんだし、マジで気を付けろよ」 「うん、皆もいるし、そばにトンベリもいてくれるから大丈夫だよ」 「ドクターと同じであいつも何やらかすかわかんねぇし。はぁ…俺も0組に入れてくれるよう頼んでみっかなー」
そう言いながらまたベッドに倒れるナギに、私は目を細める。こんな他愛ない会話も、今の私にとってかけがえのない時間で、彼女に悪いと思いながらも私はいつまでもこんな日常が続けばいいのに、と思うのだった。
|