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 軍令部長は納得していないという態度で苛立ちを募らせている。それに対し院生局局長は未だ考え込んでいて、軍令部長がどれだけドクターのことを毛嫌いしているのかよくわかった。ナギはやれやれと肩を落としていて、逆にタチナミ武官はオロオロしている。
 滅多に見られないタチナミ武官の様子を見つめていたら、しばらく黙り込んでいた院生局局長が顔をあげた。


「それではドクターに確認してみましょう」
「!そんなことする必要は…」
「そのほうが確実だと私は思いますが」
「ぐ……」


 院生局局長に言われた軍令部長は顔を歪めて俯かせる。院生局局長がいて良かったと安堵するが、だからといってまだ安心できたわけではない。
 あとはドクターを信じるしかないこの状況に、軍令部長が声をあげた。


「ドクター・アレシアを呼べ!今すぐに!」


 その声と共に、軍令部の扉が開く。扉に向かって私を見ていた四人は、扉の方に視線を向けると揃って目を丸くした。その反応に私は振り返る。そこには今軍令部長が呼んだ人物が立っていた。


「私が何かしら?」
「?!」
「ど、ドクター…」


 ドクターの姿に私は呆気にとられてしまう。余りにもタイミングが良すぎて、盗み聞きしていたのかと思うくらいだった。
 ドクターはいつものように煙管を持ち、私たちに向かって歩いてくる。コツンコツンと響く靴の音に軍令部長が我に返ったのかドクターに詰め寄るように噛み付いた。


「ドクター!極秘任務とはどういうことだ!一度ならず二度までも!我々は聞いておらぬぞ!!」
「あら、あなた言ってしまったの?」
「………」
「いえ、任務の内容までは聞いていません。諜報四課がこの候補生と0組の候補生を見たとの報告がありました。どういうことか、説明してもらえますか?ドクター」


 ドクターは私を見て、そして軍令部長と院生局局長を見る。ドクターの言葉に呆然とするなか、ドクターは口を開いた。


「説明も何も、私はこの子たちに確認しに行ってもらっただけよ」
「確認だと?何を確認しに向かったと言うのだ!」
「0組の指揮隊長だった人間が行方不明だと聞いて確かめに行かせたのよ。帰ってきたこの子たちから指揮隊長の姿が跡形もなくいなくなっていたと聞いたわ。四課と入れ違いになっただけよ。何か問題でもあるのかしら」


 ドクターが軍令部長をじっと見据えるなか、私は二人のやりとりを見守る。まさか本当に庇ってくれるなんて思わなかった。私のためではないとしても意外だった。
 軍令部長はドクターの言葉に一瞬怯むが、まだ言い足りないのか再度口を開く。


「そいつが蒼龍のモンスターを従えていたようだが、それについてはどう説明するのかね。もしかするとこの候補生は蒼龍と繋がっているのかもしれんのだぞ!」
「そのモンスターなら私の使いよ」
「なに!?」


 相手の言うことを真っ向から覆すドクターに、軍令部長の顔に焦りの色が見えてきた。淡々と答えているからかドクターが嘘をついていることに気付いていないらしく、軍令部長は特に目を白黒させている。嘘に気付いてないというより、ドクターの言うことを真に受けているのかもしれない。


「別におかしいことはないでしょう?聞けば0組の指揮隊長だった人もトンベリを仕えていたそうじゃない」
「そ、それは…!」
「ではドクター、あなたは独断でこの候補生たちに任務を言い渡したのは間違いないのですね?」
「えぇ。指揮隊長のことはわからなかったようだし、あなたたちに言うこともないと思っただけよ」


 そう言うとドクターは煙管を口に含み、紫煙を吐き出す。その言葉に軍令部長は苦虫を噛み潰したような顔を俯かせ、院生局局長は深い溜め息を吐いた。それを見て、ドクターは無表情のままスッと目を細める。


「その指揮隊長の遺体がないからって何か困ることがあるのかしら?」
「なっ…居るはずの遺体が消えているのだぞ!?戦に出ていたのならまだしも、魔力を送るだけの召喚部隊で何故遺体が消えるのだ!」
「遺体がなんだって言うの?指揮隊長のことを誰も覚えていないのなら遺体がなくても問題ないでしょう?」
「ぐっ…」
「記憶がないということは既に指揮隊長は死んでいるのよ。それとも死んでいるとわかっているのに遺体を確認したい理由があるのかしら?」
「………」


 押し黙る軍令部長を見て顔が引きつる。ドクターの言うことは正論で、遺体がなくとも墓は作れるし何も困ることはない。その指揮隊長との記憶がないのだから。
 昨日、カヅサさんに渡した時はまだ温かかったけれどもしかして今はもう死んでいるのかもしれない。その辺はカヅサさんのところへ行って確認しなければわからないが、でも今朝の様子からして、0組の指揮隊長は死んではいないだろう。
 軍令部長は悔しそうに歯を食い縛り完全に黙り込む。院生局局長はドクターの話を聞いて、ふぅ、と息を吐いた。


「わかりました。今回はこの事は不問にしましょう」
「!だがしかし…!」
「蒼龍のモンスターであるヒリュウはドクターの使いで、ドクターに言い渡された任務を0組の子達が受け持った。それだけで十分でしょう?」
「………」
「ですがこれからは上層部を通すようお願い致します。このような事態は他の候補生たちにとっても混乱を招きかねません」
「善処するわ」
「よろしくお願いします。では、私はこれで」


 そう言って歩き出す院生局局長に、軍令部長もつられるように歩き出す。終始軍令部長はドクターを睨み付けていた。院生局局長と軍令部長が居なくなると、ふとタチナミ武官と目が合う。
 タチナミ武官を巻き込んでしまったことに負い目を感じていた私は、タチナミ武官に頭を下げた。


「タチナミ武官、巻き込んでしまいすみませんでした」
「え、あ、あぁ、いや、気にすることはない。メイも大変だろうが、これからも頑張れよ」


 タチナミ武官がそう言うと、肩に手が乗せられる。多分タチナミ武官だろう。思わずお礼を口にすると、タチナミ武官はポンポンと肩を叩いたあと軍令部から出ていった。
 その場にはナギと私、そしてドクター・アレシアだけが残され、タチナミ武官に続いてドクターは踵を返す。私は立ち去ろうとするドクターの背中に向かって勢いよく頭を下げた。


「あの、来てくださってありがとうございました」


 私の声にドクターの靴の音が止まる。ドクターが私に振り返っているのかはわからないが凛とした声が耳に響いた。


「二度はないわ」
「…はい」


 その声に負けぬよう返事をするとドクターは再び歩き出し、軍令部から出ていった。