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 カヅサさんの視線に居たたまれなくなり顔を逸らす。図星だからこそ何も言えない私に、カヅサさんは続けた。


「周囲はキミが思ってるほど冷たくない。キミも気付いているだろう?」
「………」
「そんなに信用ならないかい?」
「…信用ならないわけではありません」


 そう、信用してないわけじゃない。信用してるしてないの問題ではなく、これは私自身の問題で、それを打ち明ける勇気がないだけだ。
 私自身、自分が何者かわかっていないのに、今まで起きた出来事をジャックやみんなに言ったら気味悪がられるかもしれない。ドクターの言う"異質な存在"を、例えみんながそう思わなくともただ知られてしまうだけでも怖いのだ。
 白虎に捕らえられたときも殺されずに保護されて、その上モンスターに攻撃されることはない。皆の中で私に対しての疑問は未だにあるだろうし、上層部もきっと私のことを疑っているに違いない。白虎の間者か、もしくは蒼龍の間者か、と。


「信用ならないわけではない、ね。じゃあどうしてみんなに相談なりなんなりしないんだい?」
「…これは私だけの問題だから」
「キミの問題とは?」
「カヅサさんに言ったって意味ないですよ」
「解決しないとしても、聞くことならできる。ひとりで抱え込まずに、誰かに聞いてもらうだけでも多少心は軽くなると思うよ」
「……なんでカヅサさんは私にそんなこと言うんですか?」
「さぁ…なんでだろうね。ただ…」



*     *     *

「カヅサ、もし私に何かあったらメイのことを気にかけてやってくれないか」
「    君、冗談でもそういうことを言わないで欲しいんだけど。で、メイ君を気にかけるって?これまたどうしてだい?」
「私は今までメイと話す機会が取れず、メイの悩みを聞いてやることもできなかった。悩んでいることを知っていながら声をかけられなかった…今更後悔の念に駆られている」
「次の任務終わってからでも間に合うと思うんだけどなぁ」
「ああ、次の任務を終えたら聞いてやりたいと思ってる。だが、カヅサもわかっているだろう?"無事"に帰って来られるかわからないことを」
「…まぁ、ね。でもまぁ    君なら帰ってくるでしょ?ていうかボクに言うんじゃなくエミナ君に言えばいいじゃないか。女同士なんだし」
「エミナはお前と違って忙しいだろ」
「え、ちょ、まさか    君はボクが忙しくないとでも思ってるのかな?」
「とにかく頼んだぞ」

*     *     *



 そう言ったきりカヅサさんは両手を組んで黙り込んでしまった。
 どうしてカヅサさんは私の話を聞こうと思ったんだろう。カヅサさんとは会うたびに研究所に誘われてはいたが、それくらいしか接触していない。だからこそ私の話を聞こうとするカヅサさんに愕然とさせられた。
 私はカヅサさんに言われたことを思い返す。確かにカヅサさんの言った通り、誰かに話したほうが少しは気が楽になるかもしれない。でもその"誰か"は話しても負担に思わないような人じゃないといけなかった。となると話す相手も限られてくる。
 そう考えると0組の子達には話したくなかった。只でさえこの状況で落ち着く暇もないのに、私なんかのために皆の時間を割くわけにはいかないから。


「そんな思い詰めた顔をしてるとジャック君が心配するよ?」
「!」


 不意にカヅサさんに声をかけられ、ハッと我に返る。思っていたことが自然と顔に出ていたようで、カヅサさんに言われるまで気付かなかった。情けないところを見られたな、と苦笑しているとカヅサさんが優しい笑みを浮かべながら口を開いた。


「メイ君のことだから、大方、忙しい皆の手を煩わせたくないと思ってるんだろう?」
「………」
「無言は肯定と捉えていいのかな?」
「…カヅサさんの言う通りです」


 顔を逸らしながら言うと、カヅサさんはふふんと鼻を鳴らす。反論できないくらいカヅサさんの言うことが的確すぎて、思わず溜め息を吐いた。
 こうして大人しく聞いていられるのも相手がカヅサさんだからかもしれない。これがもしナギや他の候補生だったら、きっと大人しく聞いていられなかっただろう。年の功には敵わないと痛感した。
 でもカヅサさんと私はそんなに話したことがないのに、どうしてここまでわかるのか不思議だった。


「ボクで良ければいつでも相談に乗るよ。研究所に来てくれれば歓迎するから」
「は、はぁ…」
「あ、研究所はクリスタリウムにある本棚の奥にあるんだけど…うーん、わからないか…」
「………」
「そうだな、じゃあまたCOMMにでも連絡してくれれば迎えに行くよ」


 にこやかな笑みを浮かべるカヅサさんに私は相槌をうつしかなかった。そんな私を他所にカヅサさんは腰をあげて伸びをしたあと、私の頭に手を置いて柔らかい眼差しで微笑みを浮かべる。その表情に、私はある違和感を覚えた。
 カヅサさんの姿が誰かと重なって見える。誰だろう、と思考を巡らそうとするがカヅサさんの声でそれは遮られてしまった。


「ボクはいつでもメイ君の味方だ。何かあったらボクを頼ってくれていいからね」
「…は、い」
「うん。あと、キミから話してくれるまで待つことにするよ。無理矢理吐かせたくないし」
「無理矢理って…」
「ボクの薬を使えば、その人の秘密なんてあっという間に手に入るんだけどなぁ」
「………」
「あはは、そんな身構えなくてもメイ君には薬盛らないから大丈夫だよ」
「だから私以外の人にも薬盛っちゃ駄目ですって」


 げんなりする私にカヅサさんは頭の上に置いていた手を左右に動かす。撫でられる感覚に気恥ずかしくなり目を伏せた瞬間、カヅサさんの手が頭から離れた。


「キミと話せてよかったよ。さて、ボクはこれで失礼するね」
「あ、はい」


 そう言ってリフレから出ていこうとするカヅサさんに私は慌ててカヅサさんの名前を呼ぶ。カヅサさんは私に振り返り、怪訝そうに首を傾げた。


「あ、えと、ありがとうございます」
「…いや、お礼を言うならボクの方だよ」
「え?」
「メイ君のおかげで…いや、なんでもない。それじゃあ、また」


 切なそうに笑ってリフレから居なくなるカヅサさんを、私は見送ることしかできなかった。