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 後ろを振り返るとカヅサさんが立っていて、カヅサさんの顔色は少し悪い。カヅサさんは私に気付くと弱々しく笑いながらこちらに近付いてきた。


「やぁ、メイ君」
「おはようございます、カヅサさん…顔色が悪いですよ?」
「キミは昨日のこと、覚えていないのかな?」
「昨日…あ」


 昨日と言われて一瞬よくわからなかったが、カヅサさんが誰かを背負う姿が脳裏に浮かび上がる。そういえば、昨日私は誰かを運んでカヅサさんに渡した気がした。多分、その誰かはあのメモ帳に書いてあった人物なのだろう。
 カヅサさんはずっとその人を看病していたに違いない。顔色の悪さといい、ふらふらと覚束ない足取りをしていることに私はカヅサさんの顔を覗き込んだ。


「大丈夫、ですか?」
「あぁ…大丈夫、と言いたいところだけど。本当は少し参っててね…」


 はぁ、とカヅサさんは頭を抱えながら溜め息をつく。私はクリスタリウムの椅子に座るよう促すと、カヅサさんはフッと笑って私の頭に手を置いた。


「少し時間あるかい?」
「…はい」
「ここじゃなんだからリフレに行こうか。キミもおいで」


 そう言いながら私の脇にいるトンベリに目を移す。トンベリが頭を縦に振るのを確認したカヅサさんは「じゃあ行こうか」と言って歩き出した。
 てっきり研究所に連れていかれるかと思った私は拍子抜けしながらもカヅサさんの後を追い掛けた。

 朝ということもあるせいかリフレッシュルームはがらんとしていた。マスターもそこには居らず、カヅサさんはマスターがいつもいる調理場に入っていく。暫くしてカヅサさんが2つのマグカップを持って帰ってきた。


「ミルクティーでよかったかな」
「あ、はい、大丈夫です」
「よかった、あ、そこ座って」


 近くにあるテーブルにマグカップを置き、ソファに座る。マスターに言わないで勝手に調理場を使って良かったのかな、とちらりとカヅサさんを見ると、私の視線に気付いたカヅサさんはフッと笑った。


「別に睡眠薬とか入ってないから大丈夫だよ?」
「す、睡眠薬…?!」
「そんな怯えなくてもキミには盛らないから」
「私以外の人にも盛っちゃ駄目です!」


 そう言うとカヅサさんはマグカップを口にしながら眉尻を下げた。私もカヅサさんが作ってくれたミルクティーをおそるおそる口にする。ふわりと香る紅茶とミルクの匂いに、ホッと心が落ち着いた。


「落ち着いたかい?」
「え、あ、はい…」


 私が返事をするとカヅサさんは安心したように笑みを浮かべる。そういえばどうして私をリフレに誘ったんだろう。カヅサさんに聞きたいけど、なんか気まずくて聞くに聞けない。
 私はマグカップを両手で持ち、カヅサさんから話してくれるのを待つことにした。


「急に誘って悪かったね」
「いえ…」
「遠回しに言うのもなんだし、単刀直入で言うけど…キミは、何者なんだい?」
「………」


 ドクターにも何者なのか聞かれたことを思い出す。自分が何者なのかと聞きたいのは私のほうだ。自分が自分に聞いても答えなんて出ないけれど。
 ミルクティーを見ていた目をカヅサさんのほうに向ける。カヅサさんはマグカップを置いて私をじっと見つめていた。何も言わない私に、カヅサさんは口を開く。


「キミは昨日ボクに連絡をくれたよね。訓練塔まで来てくれ、と」
「…はい」
「任務を終えたとして、飛空艇で移動したとする。だけど飛空艇では訓練塔に来れるわけがない。着陸する手段がないからね…ではキミたちはどうやって訓練塔に来たのかな?」
「………」


 ヒリュウで来た、だなんて言えるわけがない。ヒリュウは蒼龍のモンスターなのに、朱雀の人間の言うことを聞くなんて有り得ないからだ。
 カヅサさんは何かを企んでいる?ふとそう勘繰ってしまう。カヅサさんの性格を考えるとそう思わざるを得なかった。


「カヅサさんに言って、私に何かメリットがあるんですか?」
「…そうだね。メリットはない、かもね」


 カヅサさんは肩を落として項垂れる。そんなあからさまに落ち込むことはないだろうに、私は少し罪悪感を覚えた。いつものカヅサさんらしくない。
 そんなカヅサさんに話し掛けることができず俯いてると、カヅサさんがポツリと呟いた。


「キミのことが放っておけないんだ」
「…え?」
「あぁ、別に深い意味はない。でもボクにもわからないんだよね…」
「はぁ…」
「ボクはそんなに信用ないかな?」
「まぁ、そうですね」


 そう言うとカヅサさんは苦笑して「はっきり言うなぁ」と溢す。信用していないわけではないけど、だからといって信用しているわけでもない。カヅサさんという人間がどんな人間なのか私自身いまいち掴みきれていないのだ。
 私は手に持っていたマグカップをテーブルに置きカヅサさんを見つめる。


「カヅサさんも私に言いたいことがあるのなら、はっきり言ってください」
「…言いたいこと、か」


 カヅサさんは顎に手を当てて私を下から撫で上げるように目を動かす。そのしぐさに眉を寄せていると、カヅサさんは眼鏡をあげて口を開いた。


「キミは皆とは一線置いてるように見える」
「!」
「ジャック君に対してもそうだ。キミは、何に怯えているんだい?」


 まっすぐ私を見据えるカヅサさんの目に、身体が硬直する。心を見透かされているような、そんな感じがして私は口をつぐんだ。