212
私とマキナの間に重い空気が流れる。自分に言い聞かせるように言うマキナの様子に私は眉をひそめた。 マキナは気まずくなってか、踵を返して魔法陣のほうへと歩いていく。私はそんなマキナに話しかけることができないまま背中を見つめていると、マキナは魔法陣の目の前で歩みを止めた。
「オレはレムを守りたいのに、あんたも…メイのことも守らなきゃいけない気がして…」 「え…?」 「…ごめん、どうかしてるな…オレ…」 「マ…」
それだけ言うと私が声をかける前にマキナは魔法陣で姿を消した。レムさんを守りたいのに、私のことも守らなきゃいけないのは何故だろう。 私はマキナがいなくなったあとも魔法陣の方を呆然と見つめていた。
それから私はチョコボ牧場を離れ、クリスタリウムへと足を運ぶ。トンベリが私の後ろを着いてくるのを感じながらクリスタリウムに入った。 クリスタリウムに人がいる気配は感じられない。いつもならこの時間帯でも数人候補生がいたはず。それが居ないということは多分そういうことなのだろう。
「…おや?」
この時間帯にあの人がいるとは思わなかった私は顔が自然と引きつる。ゆっくり振り返ると、そこにはにやにやと妖しい笑みを浮かべたクオンが立っていた。
「おはようございます」 「…おはよ」 「このような時間帯にメイと会えるなんて思いもしませんでした」 「うん、私もだよ」
肩を落としながらそう呟くと、いつの間にかクオンが目の前に立っていた。私よりも背が大きいクオンは私を見下ろす。首をあげるとクオンは顎に手を当てながら口を開いた。
「何をお探しなのです?」 「えっ」 「そのためにここに来たのだろう?」 「そりゃまぁ、そうだけど」
馬鹿にされるかもしれないと思うと、クオンに言うのは気が引ける。でも私よりもクオンのほうがクリスタリウムにいる時間も長いし、なんせ魔法辞書の全巻を6周も読んでいるほどだからこのクリスタリウムにある本を全部把握していてもおかしくはない。 仕方ない、と一息つくと私はクオンを見上げた。
「クオンはさ、【フィニスの刻】って聞いたことある?」 「【フィニスの刻】?聞いたことあるも何も、オリエンスの伝承に載っているではないか」 「オリエンスの伝承……あっ」
オリエンスの伝承の言葉にハッとする。確かに、オリエンスの伝承に【フィニス】が入っていたような気がした。 でもどういう内容だったっけ、と今度は私が顎に手を当てて考え込んでいるとクオンの声が耳に入った。
「久遠の昔 世界に4つの光(きぼう)が現れた 人は光へと集い 4つの【ペリシティリウム】を築く ペリシティリウム それは、人々の信仰と秩序 そして歩むべき4つの道 1つは【朱雀】心を翔る炎の翼 1つは【白虎】知を抱きし鋼の腕 1つは【蒼龍】空を渡る穢れなき瞳 1つは【玄武】刃を秘める堅牢な盾 そして9と9が9を迎える時 根源なる意志 世界に【フィニス】を与えん 世界の名は【オリエンス】 それは螺旋の内を巡る【アギト】待つ世界」 「クオン…それ…」 「まさか覚えていないとは言わないだろうね?」 「…あははー」
笑って誤魔化すな、とクオンは呆れた顔で私の頭を小突く。小突かれた場所を撫でながら、クオンがわざわざ言ってくれたことにお礼を言うと、クオンは馬鹿にするかのように鼻で笑った。
「どうやらメイは少々抜けているところがあるようだ」 「馬鹿にしてるでしょ」 「そんなところもまたキミらしいがね」 「…私らしい?」 「あぁ」
私らしいとはどういうことなのか。眉を寄せてクオンを見上げるも、クオンは意味深な笑みを浮かべるだけで何も言わなかった。 でも馬鹿にされてることには変わらないだろう。はぁ、と溜め息をつくとクオンが「それで?」と口を開いた。
「なに?」 「【フィニスの刻】がどうかしたのですか?」 「…や、別に。たまたま耳にしたから気になっただけ」
嘘ではない。ドクター・アレシアから聞かされた言葉の一部が気になったから調べに来ただけだ。まさかオリエンスの伝承で使われていたなんて、全く思い付かなかった。それをクオンに言えばまた馬鹿にされるから言わないけれど。
「そういえば、何故キミの後ろにトンベリがいるのですか?」 「え、あぁ…今私が預かってるの」 「預かる?」 「うん。まぁトンベリは元々0組にいたし、ひとりじゃ寂しいだろうからね」 「…ハッ!メイ、キミが0組に配属が決定されたらしいが、それは本当なのかね!?」
私に詰め寄るクオンに、私はどうどうと落ち着かせるように両手を胸の前に持っていきクオンとの距離をとる。クオンの目はこれでもかっていうくらい見開いていた。 また面倒なことになりそうだと思いながら肯定を示すように首を縦に振る。それを見たクオンはポカンと口を開き、そしてがくりと肩を落とした。
「………」 「?クオン?」 「…まさか、キミに先を越されるとは思わなかったよ…」 「はあ?」 「くっ…私だって0組に入れるはず…!もっと精進するしかないのか…。こうしてはいられない、私はこれで失礼するよ。これから勉学に励まなくてはならないからね」 「う、うん…」
落胆したかと思えばすぐに立ち直り、颯爽とクリスタリウムから出ていくクオンを、私は呆然と見つめるしかなかった。デジャヴを感じていると、後ろで何かが動く物音が耳に入り振り返る。そこには、寂しそうな顔をしたカヅサさんが立っていた。
|