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 一旦部屋に戻り、椅子に腰をかけトンベリを膝の上に乗せる。何故ドクターがわざわざ私の部屋に来たのか、何を伝えたかったのか、と頭を捻るが答えなんて出るはずがない。
 私はとりあえずドクターに言われたことを忘れないうちに、昨日使ったメモ張に書き出していく。昨日書いた文字の下に、ドクターの言葉を思い出しながら書き出した。


「あなたはあの子たちの魂を高められる存在。その役割を果たすまでがあなたの寿命なのを覚えておくのね」

「私は、0組の魂を高められる存在、その役割を果たすまでが私の寿命…」


 ドクターの言うことが真実なのであれば、私が0組に入ったのは偶然ではなく必然と考えられるが、ドクターが言ったからといってそれはさすがに信じ難い。
 そういえば私の処分をドクターが預かっていたことを思い出す。ドクターは私を0組に入れることを元々決めていたというのだろうか。でも、私を0組に配属させることが決定していたのならもっと早い時期から0組に入らせることもできたはず。それをしなかったのは、何故だろう。
 考えても答えなんてドクターにしかわからない。私は溜め息を溢しながら、ドクターの言葉を思い出す。


「あの子たちがアギトになれるかどうか見届ける者、で納得できるかしら?」
「あの子たち?0組の、ことですか?」
「そう。今まで育んだ魂、つまりあの子たちがアギトになれるかどうかは【フィニスの刻】が訪れた時に決まる。それを見届けるために、私がいるのよ」


「今まで育んだ魂が0組で、【フィニスの刻】が訪れた時に決まる…【フィニス】ってどこかで聞いたことあるような…」


 腕を組み頭を捻る。しかし聞いたことがあるだけで、誰から聞いたか、どの書物に載っていたかは思い出せなかった。
 仕方ない、後でクリスタリウムに行くことにしよう、そう思いながらペンを置き、背もたれに体重を預ける。膝の上に乗っていたトンベリが、机の上にあるペンを必死に取ろうとしていた。その姿が可愛らしくて自然と頬が緩む。


「…久し振りに牧場に行こうかな」


 トンベリの姿を見ていたら、チョコボ牧場にいる雛チョコボと忍者チョコボが脳裏を過る。チョコボとはエイボンの作戦以来会っていない。たまには顔を見せに行くかと腰をあげ、とりあえずシャワーを浴びるためトンベリをベッドに下ろした。
 シャワーを浴び終わり、身仕度を整えてトンベリと共に部屋を出る。朝方だからか廊下は静まり返っていた。廊下には私の足音とトンベリの足音だけが響く。その足音に癒されながら、魔法陣でチョコボ牧場へ向かった。

 チョコボ牧場に着くと、魔法陣の反応に気付いた雛チョコボが真っ先に駆け寄ってくる。トンベリは雛チョコボ二匹に囲まれて嬉しそうだった。その様子を微笑ましく思いながら、チョコボの元へと歩を進める。私の気配に気付いたのか、藁の音と共にチョコボの頭が飛び出してきて二つの目が私を捉えた。


「元気そうでよかった」


 そう言って嘴を撫でるとチョコボは気持ち良さそうに目を閉じる。私の足元には雛チョコボが小さな羽を羽ばたかせて鳴いていた。癒されるなぁ、と思いながらチョコボの嘴を撫でていると不意に魔法陣が発動する。ヒショウさんが来たのだろうか、と顔を向けるとそこにはマキナの姿が目に映った。
 マキナは私に気付くと、つかつかと歩み寄ってくる。マキナの周りに漂うオーラに私は息を呑んだ。


「おはよう」
「お、はよう…」
「こんな朝早くにどうしたんだ?」
「え…あ、目が冴えちゃって」


 マキナとは皇国を脱出した後から一度も顔を合わせていない。そういえば、デュースさんやレムさんからマキナを見掛けたか聞かれたことを思い出す。
 マキナはレムさんが心配していたようなおかしい様子はなく、でもそれがかえって不自然だった。
 マキナはチョコボを見て、目を見開く。


「珍しいチョコボだな。メイがこいつの主人か?」
「う、うん、まぁね」
「そうなんだ。それにしてもこんなとこでメイに会えるなんてな」
「…私もこんなとこでマキナに会えるとは思わなかった」


 いつものマキナじゃない気がして、私は眉を顰める。マキナはチョコボに夢中なようで、私の表情には気付かない。
 ふと昨日の戦争のことが脳裏を過る。マキナは昨日の戦争に参加していない。記憶を辿れど、私の記憶の中にマキナの姿は浮かんでこなかった。
 蒼龍に残ったのはエースとサイスとナインとクイーンとレム。他は皇国で任務をしていて私も一緒に行動をしていた。蒼龍にいたときも私は一度もマキナを見ていない。そして皇国にきたときも。
 任務を投げ出すなんてマキナらしくない。でも現にマキナは任務を投げ出した。昨日、マキナは一体どこにいたのだろう。


「ねぇ、マキナ…」
「ん?」
「あなたは昨日、どこで何をしていたの?」


 そう言う私に、マキナの表情が一変して無表情となる。漂うオーラは殺気が混じっていて、身体が石のように固まった。人間のようで人間ではないその表情に、戦慄が走る。マキナは私を見据えて、ゆっくりと口を開いた。


「オレがどこで何をしようと、オレの勝手だ」
「………」


 そうマキナは断言する。そして、私から顔を逸らし俯かせた。どう声をかけていいかわからずにいると、マキナがポツリと呟く。


「オレは…」
「…マキナ?」
「……失いたくない。大事な人を、この手で守るんだ」


 マキナは自分の手のひらを見て、ぎゅっと握り締める。その言葉は自身に言い聞かせているような、そんな気がした。