209.5
メイと別れた僕は、検診のため魔法局へ向かう。メイからもらったプレゼントを片手に、マザーの部屋へと到着した。扉を叩き、マザーを呼ぶ。
「マザー!僕だよー!」
そう言うと部屋の扉がゆっくり開いた。扉の先にはマザーが微笑みを浮かべていて、久しぶりにマザーを見れたからか嬉しくなった。
「お疲れさま。入りなさい」 「はーい」
マザーの部屋に入り隅のある椅子に腰をかける。扉を閉めて、僕の目の前に来たマザーは口を開いた。
「定期検診を始めるわね」 「うん!」
そう言うとマザーは僕の胸に掌を向けて、僕は目を閉じる。マザーの手が動いてるような気配を感じていると、それがフッとなくなった。目をゆっくり開けると、マザーの微笑が目に映る。
「うん、大丈夫。どこも問題ないわ」 「そっかぁ、よかったー。ありがとう、マザー」 「いいえ…それより、手に持っている物はなに?」
マザーの目線が僕の手を捉える。僕はマザーからそれを言ってくれるのを待っていたような気がして、これはね、と口を開いたその時だった。
「ジャック、あなた最近浮かれすぎよ。現を抜かすのも大概にしなさい」 「えっ…」 「少し落ち着いたほうがいいってことよ。羽目を外しすぎないように気を付けなさいね」 「…うん。ごめんなさい」 「謝ることはないわ。さ、部屋に戻って休みなさい。あぁ、休む前にここに来るようクイーンに伝えてくれるかしら?」 「わかった。伝えとくねぇ」
頬を無理やりあげて笑顔を作り、腰をあげた。 マザーの言葉が重くのしかかる。怒っている様子はないにしても、それと似たような感じがして僕は目を伏せた。マザーの期待を裏切ったような気がして、居た堪れない。メイからもらった小包がやけに重く感じた。 部屋の扉の取っ手に手をかけようとしたとき、僕はふと口を開く。
「マザー」 「どうしたの?」 「僕…今日…」
誕生日なんだ、そう口にしようとしたが開きかけた口を固く閉ざした。僕から言っても意味がない気がして、マザーが気付いてくれることを祈る。何年も僕らはマザーと過ごしてきた。だからきっと、知ってるはず。 しかし、そんな祈りは儚く散った。
「今日がどうしたの?」 「……ううん、何でもない!クイーン呼んでくるねー」
マザーの部屋を飛び出して魔法陣に乗る。 もしかしてマザーは僕らを戦争のための道具としてしか見ていないかもしれない。それでも、マザーは親を亡くした僕らを引き取って育ててくれたしこの世界で生き抜く術や知識を教えてくれた。マザーがいなかったら今の僕も皆もいない。マザーが僕らをどう思っているのかわからないけれど、僕らにとってマザーはやっぱり"大切なひと"なのだ。
「はは、…滑稽だなぁ」
自分で自分を嘲笑う。外局に引き取られて自分と同じ境遇の仲間に出会い、ここまできた。そしてメイに出会い、仲間と同じように護りたいと心から思うようになって。きっと僕みたいな人は沢山いるだろう。 でも戦争は続いて多くの命が犠牲になる。その命もクリスタルの力によって忘れられ、その中で守りたいと思っていた人が死ぬと、存在さえも忘れてしまう。あんなに守りたいと思っていたのに、あっさり頭の中から消えたらどんな気持ちになるんだろう。マキナみたいに、なるのだろうか。マキナの気持ちはわからないけど、でもマキナのような体験をしたいとは思わなかった。 この世界は本当に残酷だ。でも、僕は、僕らはこの世界でしか生きられない。きっとこれが僕らの運命だから。
「…マキナがレムを守りたい気持ち、少しわかるかも」
でもマキナみたいにはなりたくないなぁ。そんなことを思いながら僕はクイーンにマザーの定期検診のことを告げ、部屋に戻った。
部屋につきベッドに寝転がると、メイからもらったプレゼントを手に持っていることに気付く。慌てて起きて、そのプレゼントを開ける。
「…ブレスレット?」
チェーンはネックレスのように長くはない。ということはブレスレット以外思い付かなかった。それを手に持ち、まじまじと見つめる。 そのブレスレットは一輪の向日葵がついたシルバーのブレスレットだった。男がつけるのには少し可愛らしいけど、でもメイが選んで僕のために買ってくれたと思うと顔がにやけてしょうがない。 ブレスレットを左手首につけると、今度こそベッドに体を沈める。
「…へへへ」
寝転びながら手首を目の前に持ってきてブレスレットを見つめる。僕だけのために買ってくれたプレゼント。自分がメイの特別だと思うと、胸の奥がくすぐったくて仕方なかった。 仲間もメイも皆護り抜いてみせる。そう心に誓い、僕は眠りに落ちた。
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