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ジャックはナインからの連絡を受けたあと自分を落ち着かせるように、ふぅ、と一息つく。まだ頬は微かに赤かった。
「検診だから、僕行かなきゃ」 「うん、行ってらっしゃい」 「ん、また来るからねぇ」 「今日はもう来ちゃダメだからね」
そう言うとジャックは少し笑って、素直に頷いた。手をあげて踵を返すジャックに快く見送ろうと手をあげたら、ふとプレゼントの小包が頭の中に浮かび上がる。あっと声をあげた私に、ジャックは振り返った。
「どしたの?」 「あの、ちょ、ちょっと待ってて!」 「へ?」
ジャックに待つよう言うと、トンベリを抱えたまま部屋の扉を開け、机の上にある小包を手に取る。トンベリをベッドの上に置いて少しだけ深呼吸したあと、それを持って部屋を出た。ジャックに見えないよう後ろにそれを隠す。
「メイ?」 「えー、と、…誕生日おめでとう」 「あはは、それさっき聞いたよぉー?」 「これ、良かったら」
おそるおそるジャックの前にあの小包を出す。恥ずかしいから目を合わせないでいると、ジャックが声をかけてきた。
「こ、これ…僕に?」 「そう、です」 「………」 「………」
黙り込むジャックに、ちらりと目線を向けると、かちりと目が合った。ジャックの表情がみるみるうちに笑顔に変わっていく。そしてジャックが動いたと思ったら勢いよく抱き締められた。
「ありがとうー!」 「い、え…どういたしまして」 「もうめっちゃくちゃ嬉しい!本当にありがとう!」 「う、うん…あの、検診に遅れるよ?」
ぎゅうぎゅう抱き締めるジャックに、私は落ち着かせるように腕を軽く叩く。検診の言葉にジャックはハッと我に返ったようで、私を解放してくれた。ジャックの手にはいつの間にか小包が納められている。 苦しみから解放された私は一息ついてジャックを見上げると、ジャックは満面な笑みを浮かべながら口を開いた。
「マザーの検診行ってくる!メイ、本当にありがとうねぇ」 「いえいえ…気に入らなかったらごめんね」 「メイからもらったものが気に入らないわけないよー!あーなんか疲れが一気にぶっ飛んだぁー!」 「わかったから、ドクター・アレシアを待たせたらナインに怒られるし、早く行きなよ」 「そうだった!じゃあ、また来るからねー!」
そう言うとジャックは踵を返して廊下を走り出していった。あんなに走れるなんて、よほど嬉しかったのかなと思うと頬が緩む。ジャックの背中が見えなくなると、部屋に戻った。 扉を静かに閉めたあと、大人しくベッドに座っているトンベリと目が合う。トンベリを見て、カヅサさんとカヅサさんに背負われたクラサメ隊長の姿が脳裏に浮かんだ。 私はまた忘れていたことに気付き、溜め息をつく。気を抜けばすぐに忘れてしまう自分に嫌気がさした。
「…そうだ」
私は机の引き出しからメモ帳とペンを取り出す。忘れてしまっても今日の出来事を記しておけば、いつか役に立つかもしれない。 真っ白な紙に向かってペンを持つ。持つ手が微かに震えていた。震えるのを抑えるように指に力を入れ、今日の出来事を思い出しながらメモ帳に文字を書き出していく。
【クラサメ・スサヤ隊長 0組指揮隊長 0組の良き理解者 カヅサさんのところで保護されている】
カヅサさんの元に行った"誰か"を忘れないように記す。そこまで書き終えたあと、頭の中にいた人物がフッと消えた。 目の前にあるメモ帳に書いてある文字を見て、眉を寄せる。
「カヅサさんのところで保護されている…クラサメ…隊長?0組指揮隊長?」
メモ帳に書いてある文字は間違いなく私の文字で、カヅサさんのことは知っているけどクラサメ隊長という人が誰かはわからなかった。0組指揮隊長というのも今知ったわけで、そんな有名な人だったら私も知っているかと思ったがこれといった人物は思い浮かばない。 でも記憶があった"私"はきっと何かの役に立つかもしれないからと、名前や経歴、その人の居場所をメモ帳に残したのだろう。記憶がなくなった"私"にそれを上手く活用しろと、記憶があった"私"が言っているような気がした。 そのメモ帳を机に置いたまま、何かの気配に気付き振り返る。ベッドの上にはトンベリが座っていて、どこか哀愁を漂わせていた。そういえばトンベリが来ていたことを思い出す。そこであのメモ帳に記されてある内容が頭を過った。
「…もしかして、クラサメ隊長っていう人を知ってる?」 「……………」
おそるおそる聞いてみると、トンベリはコクンと頷く。トンベリが覚えていて私が覚えていないということは、死んでしまったのだろうか。でもメモ帳には"カヅサさんに保護された"と書いてあった。どういうことだろうと頭を捻るが、疲れているせいか全く頭が回らない。 そんな自分が情けなくて肩を落としながら項垂れる。何にせよ、トンベリをひとりにはしておけない。
「トンベリ、私で良かったら面倒を見させてくれる?」 「……………」 「ありがとう。今日からよろしくね」
トンベリの頭を撫でると気持ち良さそうに目を閉じる。トンベリがクラサメ隊長のことを知っていて、メモ帳に記されてあることが本当なら、近いうちにカヅサさんの研究所に足を運ぼう。 そのあと、私は寝間着に着替えトンベリと一緒に深い眠りに落ちた。
* * *
――午後六時五十二分
ルシ・セツナが喚びだした召喚獣アレキサンダーにより皇国軍は大損害を受け、国境から兵を引き始めた。 それを受け、東方に展開していた蒼龍軍も後退を開始。戦いは朱雀軍の勝利として幕を閉じた。
朱雀文官が院長室の扉を叩く。部屋から返事の声が聞こえると、文官は扉を開けた。 椅子に腰をかけていたカリヤが文官を見据える。文官は部屋の中央まで歩くと両手を後ろに組み、カリヤは腰をあげて文官の前に移動した。カリヤが足を止めたと同時に文官は口を開く。
「現時刻をもって、西に展開していた皇国軍の全滅を確認しました。しかし……」
そう言いながら文官は目を伏せる。そして険しい表情をしながら、重々しく口を開いた。
「皇国軍を迎え撃った正規軍およびルシ・セツナの援護に回った候補生の壊滅も、確認しました」 「セツナ卿は、いかがされましたか?」 「偵察の報告によれば【昇華】された、とのことです」 「卿を手厚く保護し、地下霊廟に運んでください」 「はい」
カリヤは顔色ひとつ変えず、昇華したルシ・セツナを保護するよう伝える。文官は頷くと、踵を返して院長室から出ていった。 それを見送ったカリヤはある場所へ赴くため、部屋を出ていく。目的地に着いたカリヤは扉を軽く叩いた。
「私です」 「入りなさい」
中から聞こえた返事に、カリヤは扉を開け部屋の中へと入る。沢山の本が部屋を囲み、ガラス窓から外を見渡すアレシアの後ろ姿がカリヤの目に映った。アレシアはゆっくりと振り返り、カリヤの前まで歩いていく。 カリヤはアレシアに一礼すると、不意にアレシアが口を開いた。
「うちの子たちが無事撤退できてよかったわ」 「セツナ卿は、昇華なされました。つまり、これはクリスタルの意志……ということです」
胸に手を当ててカリヤは言う。
「そうね。全てに於いて意味があり」 「凡てに於いて忌みが明ける。私は、私の使命を果たすのみです」 「期待しているわよ」
アレシアはそう言いながら眼鏡をかけ直す。そして僅かに口元をあげ、煙管を口に含んだ。
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