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 ひとり、またひとりと地面に倒れていく。自身の持つすべての魔力をセツナ卿に差し出すことは、命をも差し出すことと同義。それは皆覚悟していた。
 しかし、耐えるのは余りにも辛く、そして苦しかった。それでも彼らは全身全霊をセツナ卿へ送り続ける。


「こらえろ!集中するんだ!!」


 クラサメの声に候補生たちはなんとか足を踏ん張らせた。セツナ卿の召喚詠唱は続く。


「我が因果の枷持ちて、朧なる咆吼の下…」



*     *     *



 甲板に出た瞬間、胸が焼けるように熱くなる。辺りは甚大な魔力で溢れていた。どくん、どくんと大きく波打つ心臓を抑えるように胸を掴む。
 そんな私に気付いたジャックが心配そうに顔を覗き込んできた。


「メイ、大丈夫…?」
「ん…大丈夫」


 そう答えながら甲板の縁から顔を出す。大気が震えるほどの魔力がセツナ卿に集まっているのが見えた。もう少しで秘匿大軍神が召喚されるのだろう。
 手に力が入り、拳をつくる。その手をジャックが包み込むように握り締めた。


「僕らがいるよ」
「………」


 ジャックのその言葉が心に響く。唇を噛みしめ瞼が熱くなるのを感じながら、地上を見つめた。



*     *     *



 魔力を差し出すことに限界を感じていたクラサメは、顔を歪めながら呟く。


「セツナ卿…」


 身体が前のめりになり地面に右手をついてしまった。しかし、クラサメは再び身体をあげ、右手を向ける。顔色は生気を失っていたが、表情はもはや苦痛の色はなく、どこか清清しいほどであった。
 クラサメは悲鳴をあげる身体を鞭打ちながら、不意に口を開く。


「朱雀に……」


 言葉に力を籠める。


「クリスタルの――」


 落ちそうになる右手を左手で支える。そして右手を空に向け、最後の力を振り絞った。


「加護あれ――ー!」


 召喚具にクラサメの魔力、そして候補生たちの魔力が籠められ、その思いに応えるようにセツナ卿が口を開く。


「深淵より……刧罰の叫び響かせ……天に現出せん……」


 その刹那、召喚具から光が放たれる。セツナ卿含むその場にいた全員がその光に包まれた。



*     *     *



 セツナ卿がいる場所が光に包まれる。目を細める私に、朱雀兵がざわついた。空を見ろ、朱雀兵や候補生はそう言って空を見上げる。それにつられて私も空を見上げた。


「なっ……」


 空には巨大な魔法陣が描かれていく。その規模は戦場となっている場所を覆うほどだった。
 そして私は今から起こる出来事をただただ呆然と見つめるしかなかった。



――午後四時二十一分

 空に放たれた魔力は、巨大な魔法陣を形成し皇国軍の頭上を覆った。
 幾千もの候補生・軍艦・兵士を英霊にすることで「アレキサンダー」が召喚された。
 「アレキサンダー」の「聖なる光」は皇国軍の国境要塞地帯を粉砕する。「聖なる光」の攻撃により皇国軍は、朱雀侵攻中の第一○六、一○七軍に加え国境要塞後方に展開中の第三軍までもが甚大な被害を受けた。

――午後四時三十九分

 辛うじて生き残った皇国軍部隊は、数時間前に越えたばかりの国境を再び越え、本国へと後退していった。



 ほんの数分でメロエ地方の約半分が消失した。それを目の当たりにした私や他の皆は呆然と辺りを見つめる。いつの間にか胸の苦しみはなくなっていた。


「…勝った…のか…?」
「おい、あれ見ろ!皇国軍が後退してるぞ…!」
「勝った…俺達は勝ったんだ…!」


 口々に勝利を宣言する人達に、私は未だ動けないでいた。皇国軍に勝利したと沸き上がる声が、背後から聞こえる。勝利したのには間違いないかもしれないが、かといってこの状態を目の当たりにして、素直に喜べるはずがなかった。
 ふと丘陵にいるセツナ卿のことが脳裏を過る。行かなくてはならない、何故かそう思い立った。そして手を握り締めるジャックに振り返る。ジャックの顔には笑顔がなくなっていた。その表情に何故か緊張が走る。何もかも見透かしているような、そんな気がした。


「…ジャック、私、行かなきゃ」
「……僕も行く」
「え…」
「ダメなら、連れて行かせない」


 冗談を言っている風でもないジャックに、私は躊躇う。ジャックを連れて行ってもいいのだろうか。私の問題に、ジャックを巻き込んでしまっていいのだろうか。そんな思いがぐるぐると頭の中を回る。
 何も言えない私に、ジャックはもう片方の手で繋がれていない私の手を握った。


「ごめん、前言撤回。僕はメイが嫌がろうがなんだろうがどこにだって着いていくって、決めたんだ」
「ジャック…」
「守らせてよ。お願いだから」


 懇願するように手を握り締めるジャックに、私は目を伏せる。切に願うジャックの思いを無駄にはできなかった。


「…守られてばっかりは嫌」
「………」
「私にも、守らせて」
「え…?」
「ほら、行こう。一緒に」


 目を丸くさせるジャックを急かすように手を引っ張る。後ろで勝利に浸る皆を置いて、私とジャックは飛空艇から飛び降りた。