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 玄武兵の周りに倒れている三人を見て、心臓がこれでもかというくらい締め付けられる。そして怒りにワナワナと震える手を、第三者の手が落ち着かせるように包み込んだ。ハッとして顔をあげると、そこには微笑みを浮かべるジャックの顔が目に映る。


「大丈夫」
「え……」
「僕らは、死なない」


 ジャックの言葉に目が見開く。それだけ言うとジャックは刀を構えて、玄武兵に振り返った。


「まだ僕が残ってるよぉ。いざっ勝負!」


 そう言いながらジャックは玄武兵に向かって駆け出す。私はそれを呆然と見つめることしかできなかった。ジャックの言った言葉が、私の頭の中で何回も繰り返される。
 僕らは死なない、そう言ったのは間違いなくて、でもどうしてそう言いきれるのだろう。なんで死なないの?と問いたくても、ジャックは玄武兵と戦っていてそれどころではない。
 ふと周りを見渡す。今、倒れている皆も、もし殺されたとしても死なないということ?でもそんなのあり得ない。だって、死んだ人間を生き返すことなんて――。


「うわぁっ!」
「!」


 不意に聞こえてきたジャックの声で我に返る。慌ててジャックのほうへ視線を向けると、ジャックは橋の上に仰向けで倒れていた。その様子に居ても立っても居られず走り出す。
 私の武器はさっき弾かれたせいで持っていない。でもあとひとつ武器として使える物を持っていた。セツナ卿から授かった短刀を、力強く握り締める。
 玄武兵は倒れているジャックに向かって大剣を振り上げた。


「っ!」
「メイ!?」


 刃の重なる音が辺りに響き渡る。玄武兵がジャックを斬る寸前に短刀で大剣を受け止めた。ギリギリ間に合ったことに安堵しながら、玄武兵を睨み付ける。玄武兵は驚いているのか、少しだけ目を見開かせていた。


「皆に、手を出さ、ないで…!」
「………」


 刃物同士の合わさる音が耳に響く。力の差は遥かに違うのに、小刀で大剣を受け止めたときよりも、短刀のほうが軽く感じた。暫く刃を重ねていると、玄武兵がゆっくりと口を開く。


「……そうか」
「は…?」


 そう呟いた後、不意に玄武兵の手から大剣がなくなる。それと同時に、辺りに張ってあった結界が消えてなくなった。
 いきなり軽くなる短刀に、危うく転けそうになるのをジャックに支えられる。呆然と玄武兵を見上げると、玄武兵は腕を組み、私たちを見下ろしながら口を開いた。


「ふん、ここまでだな。次は……」


 そう言い残すと玄武兵は踵を返して私たちの前から去っていく。追い掛けることもできずただ呆然とする私たちの後ろから、ケイトが苛立ちの声をあげた。


「なんだよ、あの野郎!」
「放っておけ、まずは退却だ」
「!、ケイト、セブン、もう身体は大丈夫?」


 後ろを振り返り二人に問う。ケイトとセブンが頷くと、二人の他の皆も、起き上がって私たちに歩み寄っているのが見えた。気絶していたシンクとエイトも目を覚ましていて、ホッと胸を撫で下ろす。そんな私を他所に、ケイトは首を傾げながら口を開いた。


「あのさぁ、ちょっと皆に聞きたいんだけど…あの野郎が去っていく少し前に、朱い光が見えた気がするんだよね。アタシだけ?」
「え?」
「あ…わたしも朱い光が見えた気がします」
「デュースも?…私もだ」
「私も、うっすらですが見えました。あれは何だったのでしょう…」
「俺もだ。その光が見えたと思ったら、攻撃を受けたはずなのにいつの間にか身体の痛みはなくなっていたな…」


 お互い首を傾げる皆に、エイトとシンクは眉を寄せて、エイトは腕を組み、シンクは手を後ろに組む。皆の言う朱い光とはなんなのか。朱い光を見ていない私は、皆の話についていけずただ黙って見てるだけだった。不意にシンクが口を開く。


「わたし、気絶してたけど、なぁんか朱い光みたいなのが見えた気がする〜」
「オレも、気絶していたが…その光に起こされた気がするんだ」
「シンクもエイトも?」


 二人の意見にさらに首を傾げる皆の元に、COMMから通信が入る。相手はどうやらモーグリのようで、今から飛空艇を着陸させ私たちを引き上げてくれるらしい。空を見上げると、一隻の飛空艇がこちらに向かって下降しているのが見えた。
 未だ朱い光について考え込んでいる皆に、ジャックが口を開く。


「とにかく、皆無事だったんだから早くここから撤退しようよー。大軍神に巻き込まれたくないし」
「…そうですね。この問題は後々考えるとして、今は撤退しましょう」
「はぁい。でも本当になんだったんだろう〜?」


 飛空艇がビックブリッジに降りると、私たちは飛空艇の中へ急いで撤退する。皆が飛空艇の中に入ったことを確認すると、空へと飛び立った。
 飛空艇の中で私は窓からメロエ地方を見渡す。地上は魔導アーマーの残骸や軍神の亡骸が目立っていた。空からは見えないが、きっと地上には沢山の人間が死んでいるのだろう。セツナ卿から授かった短剣を強く握り締め、唇を噛んだ。
 ふとメロエ地方を一望できる丘陵に目を向ける。そこにはセツナ卿と秘匿大軍神の犠牲となる召喚部隊が目に入った。それを見て、私は思わず立ち上がる。


「メイ…」
「!」


 誰かに呼ばれて振り返ると、ジャックが不安そうな面持ちで私を見つめていた。慌てて短刀を懐にしまう。


「な、なに?」
「…ううん、何でもない。ただ、呼んでみただけ」


 明らかに何か言いたそうな顔をしているのに、堪えるように笑顔をつくる。そんなジャックに私は後ろめたさを感じた。


「セツナ卿の召喚詠唱が終わるぞ…!」
「!」


 朱雀兵の声に私たちはその声のしたほうへ視線を向ける。皆が甲板へ駆け出しているのを見て、私とジャックは顔を見合わせたあと一緒に甲板に向かった。