違う形の巡り合わせ




 何の因果か、彼と彼女は出会ってしまった。

 最初は魔導院解放作戦のときだった。彼はある単独任務をこなしていたとき、彼女が現れた。彼の刀と彼女の小刀が交わり、死をかけて戦おうとした瞬間、そこに朱雀の援軍と皇国の援軍が鉢合わせ、死をかけた戦いは次の機会となってしまう。そして、次に彼が彼女と戦うことになったのは、魔導院近くにある町の解放作戦のときであった。

 その時、彼は仲間とはぐれ一人で行動していた。そこでたまたま捕虜となった朱雀民を見つけることとなるが、そこにあの時の彼女と鉢合わせる。彼は刀に手をかけるが、彼女は自身の武器である小刀を手にしようとはしなかった。彼女は彼の顔を見るなり溜め息を吐く。

「…あの時の」
「この間はどうもぉ。よくあの中から生きてこられたねぇ」
「たまたまだよ。運がよかっただけ」
「ふーん。まぁ、こうしてここで僕と会えたのもついてるよね、君」
「あぁ…うん、そうかもしれない」

 否定するかと思った彼女の言葉に彼は少しだけ眉を寄せる。怯えた表情で二人を見る朱雀民に彼女は顔を向けた。

「そう怯えなくてもいい。私は、あなた方を解放するために来たのだから」
「へ?君、何言ってるの?」
「あなたも、ある意味ついてるよね。迷子のくせに、わざわざ朱雀の人たちのところに来てくれたんだから」
「ま、迷子ってなんで知って…」
「今は時間がないからよく聞いて。あの煉瓦の家に朱雀の陣地まで続く地下通路があるから、そこまでこの人たちを誘導してくれない?ていうか誘導してね」
「…君は敵、だよねぇ?」
「勿論。でも害のない人間を殺すのは気が引けるっていうか。私のプライドが許さないんだよね」
「そこに転がってるの…君の味方でしょ?」

 指をさすその先には、朱雀の民を見張っていたであろう屍が転がっている。焼け焦げたその躯には彼女と同様の軍服が少しだけだが確認できた。その屍をちらりと見て彼女は平然と頷く。

「名前はもう忘れちゃったけど、味方っちゃあ味方だったかな」
「こんなことしていいの?」
「いいわけないでしょう。だから、あなたがここに来てくれて助かったの。じゃあ、私は援軍を呼んでくるからその間に早くあそこに連れてってね」

 そう言うなり彼女は朱雀民が拘束されている縄を切り裂き素早く姿を消す。彼女の言葉に疑問を抱きながらも、彼は朱雀民に声をかけ、煉瓦の家まで護衛した。
 罠かもしれないと思った彼は先に煉瓦の家に入り、周囲を警戒する。しかし、周囲には殺気どころか人の気配もしなかった。地下通路に続いているであろう床下の扉を開け、率先して通路を歩いていく。

「…なんか罠があると思ったんだけどなぁ」

 そう呟くも、結局罠という罠もなく朱雀の陣地に無事到着した。民の生還に朱雀軍の人は喜び、民を助けた彼は一躍有名となる。しかし、彼は笑顔を浮かべながらも心中は複雑だった。



 ニ度あることは三度ある。そんな言葉が彼の頭を過った。

 三度目に会った彼女は一人で朱雀の町にいて、彼は一時の休暇に町を訪れていた。彼女の顔を見た瞬間彼は顔を引きつらせる。そんな彼に気付いた彼女は優雅に笑顔を浮かべていた。

「ニ度あることは三度あるってね」
「な、ななな、なんで君がここに?!」
「そんな驚かなくても。見ての通り、今は観光しに来てるんだけど」

 確かに今の彼女は軍服を身に付けておらず、普通の私服だった。そんな彼女に彼は脱力する。敵なのに、どうして観光なんてしに来るのだろうと疑問を抱いた。
 脱力している彼の全身を見て、彼女は口を開く。

「あなたはいつも制服なの?たまには脱いだら?気が抜けるよ」
「えっ、いやぁ、僕は…」
「よし、私が付き合ってあげる」
「へ?!」

 彼の腕を引っ張ると、服屋に入り男物の私服を漁る。呆然とする彼に彼女は次々と彼の服装を決めた。
 お金を払い終わると彼女は彼に、今買ったばかりの服を押し付ける。

「着替えなさい」
「えぇ!?い、嫌だよー!」
「女の子からのプレゼントを無駄にする気?」
「プレゼントって言ったってこれ無理矢理じゃ」
「せっかく彼女さんから貰ったんですから、一度着てみたらどうでしょう?」

 服屋の店員さんに言われてしまい、彼は青ざめ、彼女は勝ち誇った顔で服の入った紙袋を彼に渡した。彼は観念し、紙袋を受け取ると試着室へと入っていく。彼女は満足そうな笑みを浮かべながら彼の着替えが終わるのを待っていた。

 彼女の強引さに納得できないまま、彼は着替えが終わり試着室の扉を開ける。目の前には彼女がにこにこと嬉しそうに笑みを浮かべていて、彼は面食らった。

「制服と私服じゃあやっぱり雰囲気変わるねー」
「そう、かなぁ…」
「買ってよかったー。じゃあ、行こうか」
「へ?どこに?」
「んー、どっか」

 屈託のない笑顔で言う彼女に、彼は唖然としながら諦めたように軽く笑った。

 服屋を後にした二人はどこかへ行く宛もなく町中をフラフラする。彼女は周りの景色を楽しみながら、彼の数歩先を歩いていた。そんな彼女の背中を見つめながら彼は口を開く。

「ねぇ、名前は?」
「え?今更?」
「名前くらい教えてくれたっていいじゃん」
「敵同士なのに?」
「嫌なのー?」
「嫌、じゃないけど」

 彼の言葉に振り返った彼女の顔は、困惑した表情だった。
 彼女は黙ったまま、近くの公園にあるベンチに腰をかける。彼もまた彼女の隣に腰をかけた。公園の真ん中にある噴水を二人して見つめる。暫くして彼女が口を開いた。

「私の名前はメイ」
「え?」
「君は?」
「えっ、あっ、僕はジャック」
「ジャック、ね」

 彼女、メイは彼、ジャックの名前を覚えるかのように呟く。ジャックは戸惑いながら自分の名前を口にしたあと、メイをちらりと盗み見た。穏やかな表情で噴水を見つめるメイの横顔に、何故か胸が大きく高鳴る。
 ジャックの視線に気付いたメイは、ジャックに振り返り首を傾げた。

「なに?」
「へ?!あ、いやぁ、なんで急に名前教えてくれたのかなぁって」
「ジャックが教えてほしいって言ったんじゃない」
「あ、あーそうだったねぇアハハ。忘れてたぁ」
「…変なの」

 突然振り返るメイに、ジャックは慌てて視線を逸らし誤魔化すように笑う。そんなジャックにメイは呆れながら微笑みを浮かべた。ジャックは落ち着こうとメイに気付かれないように深呼吸をする。

「なんか、不思議だね」
「…な、なにが?」
「だって私たち敵同士なのに、こんなところでベンチに座って普通に話してることが不思議だなぁって」
「確かに…ていうか、元はと言えばメイが朱雀の町にいるからでしょー」
「そうかもしれないけど、ジャックもよく私に気付いたよね」
「そりゃあ、メイが民間人を解放するなんて言うからさぁ…あんな出来事があったんだもん、忘れるわけないよぉ」

 ジャックは頭の後ろに両手を組んで空を仰ぐ。あの日の出来事は今でも鮮明に覚えていた。メイは懐かしむように目を細める。

「そういえばそうだったね。…あの時はありがとう」
「え?」

 目を丸くするジャックに、メイは眉根を八の字にさせた。お礼を言われるなんて思わなかったジャックは、どうしてと言わんばかりに首を傾げる。そんなジャックを見て、メイは小さく笑った。

「んなっ、なんで笑うのさぁ!」
「わかりやすいなぁって思って」
「わかりやすい?」
「ううん、こっちの話。ジャックのお陰で朱雀の人達助かったからね」
「えっ、僕のお陰なんかじゃないよー。メイが助けなかったら死んでただろうし」
「ジャックが見つけてくれたから私もあの人たちも死なずに済んだんだよ」
「え?私もって…」

 そう言ってジャックはメイを見つめる。メイは苦笑いしたあと、ジャックから顔を逸らしそのまま俯かせた。

「あの時、捨て身の覚悟で助けようと思ってたんだ」
「な、なんで…」
「白虎が捕虜を捕らないのはジャックも知ってるでしょ?」
「ん、あぁートレイから聞いたことあるような…」
「私は、捕虜を捕らないから人を殺すなんて考え嫌いだからさ。私のエゴかもしれないけど、ね」

 切な気に言うメイにジャックは何故か胸の奥が熱くなる。メイに笑って欲しいと心から思ったジャックは、拳を握り口を開いた。

「メイのエゴかもしれないけど、でも助かった人たちは皆笑ってたよ」
「え?」
「死の恐怖から逃れられたことに、安堵して泣いてた人もいたけど、でも泣いたあとは生きてることに喜んでたよ!だから、メイのエゴは間違ってなんかない!」
「……何、熱くなってるの」

 驚いた顔をしてジャックを見上げるメイに、ジャックはハッと我に返る。メイに笑って欲しいあまりに変なことを口走った自分が恥ずかしくなったジャックは、気まずそうに目線をメイから逸らした。
 二人の間に暫しの沈黙が流れる。行き交う人々の楽しそうな声を聞きながら、メイは口を開いた。

「なんで、戦争なんかしてるんだろうね」
「………」

 その問いにジャックは答えない。答えることができなかった。メイは膝を抱え自分に言い聞かせるように呟く。

「ジャックは敵なのにね…」
「…僕は、メイのこと敵だとは思わないなぁ」

 ジャックのその言葉にメイはゆっくり顔をあげ、ジャックを見つめた。ジャックは照れ臭そうに頬をかきながらメイを見て口を開く。

「だって、敵の人質助けてくれたんだもん。そんな人が敵だなんて僕は思わないよー」
「…やっぱりジャックは変わってるね」
「そお?」
「うん。変わってる」

 柔らかく微笑むメイに、ジャックの心臓が大きく脈を打ち始める。自分の身体の変化に戸惑っていると、不意にメイが腰をあげた。そして、ジャックに振り返る。

「ジャックは、生まれ変わりってあると思う?」
「へっ、えっと…メイはあると思うの?」
「私はあると思う。こうしてジャックと会えたのも何かの巡り合わせなのかもしれないし」
「巡り、合わせ?」
「うん。私さ、次生まれ変わったら――」

 ジャックの一番近くに居られる人間に、生まれ変わりたい。

 メイの思いがけない発言にジャックは目を見開き呆気にとられる。そんなジャックを置いて、メイは街の外に向かって歩き出した。我に返ったジャックは慌ててメイを追いかけようとするが、メイが手のひらをジャックに向けてそれを制する。

「今の私たちはお互い敵同士なんだからもう着いてきちゃ駄目」
「敵同士って…だから僕はメイのこと」
「ジャックが私のこと敵じゃないって言ってくれて嬉しかった。ありがとう!」
「メイ…?」
「私が死んだらジャックは私を忘れるだろうけど、私は死んでもジャックを忘れないから。…また会う日まで、さようなら」

 悲しそうに笑って言うメイの元に走り出したいのに、動かない自分の足を恨んだ。そしてメイはジャックに背を向け走り出し、街から消えていった。





 それからジャックは魔導院に帰り、部屋のベッドに身体を預ける。どうやって帰ってきたんだっけ、と記憶を辿ろうにも全く思い出せずジャックは溜め息を吐いた。ふと机の上にある袋がジャックの目に映る。その袋から制服らしきものが見えて、ジャックは首を傾げた。

「…あれ?僕いつの間に着替えたっけ」

 今自身が身に付けている服を見て呟く。その服を見て、誰かの顔がジャックの脳裏を掠めた。胸の奥が何かに突き刺されたかのような痛みを感じる。言いようのない虚無感に、ジャックは顔を歪ませた。

「僕らしく、ない」

 そう言いながらベッドに身体を沈め、目を閉じる。段々意識が遠ざかるなか、ジャックの頭の中で誰かの声が響いた。


「次生まれ変わったら、ジャックの一番近くに居られる人間に、生まれ変わりたい」


 酷く切ないその願いの声を最後に、ジャックは意識を手放した。

(2014/2/16)