僕の秘密を君だけに




 僕はどんなときも笑顔でいることを、誰かから教えられていた。その誰かはわからない。亡くなった両親かもしれないし、施設にいた頃お世話になった人からかもしれない。教えてくれた人を思い出せはしないけれど、その言葉は鮮明に覚えていた。
 皆が挫けないように、落ち込まないようにジャックが笑顔を見せれば、皆も笑ってジャックも幸せになれるんだと。だから僕は常に笑顔でいることを心がけていた。皆のために、自分のために。
 笑顔を張り付けていたからか、僕は本当の笑顔を忘れてしまいそうで怖かった。表面上は笑っているように見えるけど、本当は心の中はちっとも笑っていない。でも僕は常に笑顔でいることが自分の役割だから、笑顔をやめることはなかった。
 セブンに指摘されたときは心底ビックリしたけれど。あの時ほど肝が冷えたことはない。

「はあ…」

 授業をサボることはそれなりにあった。このときだけ、僕は笑顔をやめることができる。一人だから笑顔を見せる相手がいないのだ。
 裏庭のベンチに横になり、空を見つめる。

(僕は幸せなのかなぁ?)

 そんな疑問が頭に浮かんだ。皆が笑ってくれるのは嬉しい。それは紛れもない事実で、でも幸せかと聞かれたら、答えはわからない。"幸せ"がどんなのか僕にはわからなかった。

「あ」
「!」

 第三者の声にハッとして身体を起こす。声のしたほうに顔を向ければ、見覚えのある顔が目に映った。その子は僕を見て目を丸くさせる。

「確か、ジャック君だったよね」
「えっ、僕のこと知ってるのー?」
「そりゃ同じ組だもん」
「あ、そうだっけ」
「スカーフ、一緒でしょ」

 そう言って彼女はスカーフの端を僕に見せるようにあげる。あぁ、だから見覚えがあるはずだ。僕は笑顔を張り付けて、首を傾げながら口を開く。

「君もサボり?」
「そうだね、サボりになるのかな」
「僕と一緒だねぇ。ねぇ、名前は?サボり仲間同士少し話そうよー」

 一人でいるよりも誰かと話していたほうがろくなことを考えなくていい。そう思った僕は彼女に手招きしベンチに座るよう促した。彼女は特に嫌がる様子もなく、ベンチに腰をかける。

「同じ組なのに名前もわからないの?」
「いやぁ、僕、人の顔と名前を覚えるの苦手でさぁ」
「そう…私はメイ。よろしくね」
「メイね、メイ!うん、覚えたよー!」

 そう言うとメイは呆れたように笑った。そういえばどうして僕のことを知っていたのだろう。僕はメイにそれを聞くと、メイは何故か照れ臭そうに笑った。

「組が同じだからだよ」
「でも同じ組の人って人数結構いるよねぇ。皆覚えてるの?」
「皆ではないけどそれなりに、ね」

 曖昧な答えに僕は小首を傾げる。メイがそう言うんだからそうなのかなぁ、と思っていたら、メイが口を開いた。

「ねぇ、少し聞いてもいい?」
「うん?どうぞー」
「なんでいつも笑顔なの?」

 その質問は聞き慣れていた。いつも誰かしらそういうことを聞いてくる人はいたからだ。だから僕は笑顔を浮かべながら口を開く。

「皆が挫けないように、落ち込まないようにと思って笑顔になってるんだ」
「…辛くない?」
「全然!だって僕が笑顔でいれば皆笑ってくれるでしょ?それが僕の幸せなんだぁ」
「じゃあジャック君は辛い時も悲しい時も怒った時も笑顔でいられるの?」
「そりゃあね。笑顔でいれば大抵のことは乗り越えられると思うよ」

 だいたい僕は今まで辛いと思ったことも悲しいと思ったことも、誰かに怒ったこともない。感情が麻痺してしまったのか、何とも思わなくなっていた。そりゃあ課題とか報告書は面倒だけれど、皆より少し後に出せばいいと思っているし。
 そんな僕にメイは、眉を寄せて溜め息をついていた。なんで溜め息なんてつくんだろう。

「溜め息つくと幸せ逃げちゃうよ?」
「…私さ、ジャック君が心配、だよ」
「え?」
「笑顔でいることはいいと思う。でも笑顔を張り付けているのって笑顔って言うのかなぁ」
「……な、何それー。僕の笑顔が胡散臭いって言うの?」

 思わずセブンの言葉を思い出す。あの時は共に育った仲間だったから、流すことはできた。でもメイは同じ組なだけの関係なのに、どうして張り付けた笑顔だと気付いたのだろうか。セブンに指摘されてからより一層気を付けていたのに。
 僕の手にうっすらと汗が滲む。

「笑顔を否定してるわけじゃない。でも、ジャック君は私と同じ人間でしょ?常に笑顔でいなくてもいいと思うよ」
「で、でも、挫けそうなときや落ち込んでるとき誰が皆を励ますの?そういうとき僕が笑顔でいれば皆笑ってくれる、だから僕は常に笑顔じゃなきゃ…」
「その役目がジャック君だとして、ジャック君が挫けそうなときや落ち込んだときは?ジャック君のことだから皆に悟られないように笑うんでしょ?心を置いてきぼりにして」
「…そんなこと」

 ない、とは言えなかった。僕は皆を笑顔にすることが役目で、僕の心のことなんて二の次だった。笑顔でいることに神経を使って、本当の感情をさらけ出さないようにしていた。それは僕には必要ないと思ったから。
 図星をつかれた僕はメイから顔を逸らし、拳を握る。今笑顔でいられる余裕はない。仲間でもないただ同じ組なだけの人に、これだけ見抜かれてしまうとは思わなかった。暫くして、メイがおそるおそる声をかけてくる。

「ごめんね、言い過ぎた」
「…ううん、僕のほうこそムキになってごめん」
「……ムキになってたの?」
「へ?あ…」

 ハッとして慌てて口に手を当てる。そんな僕にメイは、目をパチパチとしたあと柔らかく微笑んだ。

「なんだ、ムキになれるじゃん」
「ちが、今のは!」
「耳赤いよ?」
「うぇ…いや、だからね」
「ジャック君、私の前では無理、しなくていいからね」
「うっ……」

 念を押すように言われ、たじろいでしまう。メイは僕を見て嬉しそうに笑っていて、こういう人になら少しくらい本音を言ってもいいかなぁと思った。

(2013/12/31)