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「それほどまで……」


 候補生の驚愕する声に、クラサメは静かに頷く。


「そうだ。朱雀の歴史上、セツナ卿を上回る召喚師【サモナー】はいない。よく見ておけ」


 クラサメが候補生に話をするなか、セツナ卿がゆっくりと歩きながら口を開いた。


「刻々と時が来た」


 セツナ卿の登場にクラサメも振り返り、候補生のどよめく声を静めるように右腕をあげた。候補生たちはただならぬ緊張感に生唾を飲み込む。セツナ卿は振り返りクラサメや候補生を見渡した。


「ひとつ問おう。汝らは、何に代えても朱雀の……クリスタルの意志に推服するや否や?」


 セツナ卿の問いに、クラサメが少しだけ前へ進み出て一礼する。顔をあげたクラサメの顔は覚悟を決めた表情だった。


「無論従います。朱雀の者は皆、その覚悟をもって戦場に来ています」


 そう言いながら、後ろにいる候補生へ視線を向ける。候補生たちは真剣な表情でクラサメの言葉に応えていた。それを見たセツナ卿は、振り返りながら口を開く。


「了とした。では、粛々と初めるとしよう」


 その言葉にクラサメも候補生へ向き直り、右腕をあげて候補生に指示をする。候補生同士少しだけ距離をあけ、セツナ卿を見据えた。クラサメもセツナ卿へと振り返る。
 セツナ卿は手の甲を上に、肩と垂直になるように腕をあげた。そして、何かを思い出したかのように顔を少しだけ俯かせ呟く。


「汝の生命は如何程か…全ては主の仰せのままに」


 セツナ卿から聞こえてきた声に、少しだけクラサメの眉が動く。セツナ卿が顔をあげると目が紅く染まり、何かを差し出すように手のひらを空に向けた。それを合図にクラサメが声をあげる。


「セツナ卿に魔力を送れ!」


 クラサメの言葉に候補生たちは片膝を立てて腰をおろし、右手をセツナ卿に向け魔力を送り始めた。


「転回始めるは楔放つ歯車…1つ、2つ、3つ……」


 セツナ卿が詠唱を始めると、セツナ卿の手のひらから秘匿大軍神を召喚するための召喚具が現れる。詠唱と共に蕾のように閉じていた召喚具は花開き、力強く光り出した。



*     *     *



「!」
「…メイ?」


 手を引かれながらビッグブリッジを走っているとふと身体の内から熱い何かが込み上げてきた。その違和感に思わず足が止まってしまう。立ち止まった私に、ジャックが怪訝そうに顔を覗き込んできた。


「メイ?」
「…ごめん、何でもない」
「……嘘。何でもなかったら、そんな悲しい顔にならないよ」


 ジャックの手が私の頬を撫でる。顔を上げるとジャックは切なそうに笑っていた。ハッと我に返った私は急に恥ずかしくなってジャックから顔を逸らし、止まっていた足を動かす。歩き出すと同時に、COMMから連絡が入った。


『メイ、ジャック、大丈夫か?』
「キング?私たちは大丈夫、そっちは?」
『そうか。俺たちも今し方ジャマーを撃破したところだ』
「わかった。すぐ向かうね」


 そう言うとCOMMが切れる。ジャックに振り返ると少しだけ口を尖らせていた。眉を寄せながら名前を呼ぶと、ジャックはジト目で私を見る。


「な、なに?」
「メイはいーっつもはぐらかすんだもん」
「はぐらかすって…」
「ま、メイから話してくれるまで気長に待つことにするかぁ」


 ジャックは歯を見せてニカッと笑い走り出した。ジャックに手を引かれながら私は小さく息を吐く。
 いつか言える時が来るのだろうか。私自身理解できない出来事ばかりで、頭の中で整理しようにも追い付かない。私という存在がなんなのか、答えが出るまでは多分話すことはないだろう。
 ジャックの背中を見つめながら、私は詫びるように手を握り締めた。

 ビッグブリッジを渡りきり、西岸まで来ると皆が私たちに気付き駆け寄ってくる。エイトが私とジャックを見た瞬間、ホッと息を吐いたのを私は見逃さなかった。


「無事で安心した」
「もっちろん!皆もジャマー撃破お疲れさまー」
「ていうかアンタら気付けば手繋いでるよね」
「え!?いやこれは…!」
「えへへー羨ましいー?」
「はぁ?羨ましいわけないでしょ」
「え〜わたしは羨ましいなぁ〜」


 呆れるケイトと羨ましそうに見つめるシンクに、慌てて手を離しジャックと距離を置く。キングやエイトからは哀れみの眼差しを向けられていることに気付き、頭を抱えたくなった。そんな私の肩を誰かが掴み無理矢理振り返らせる。肩を掴んだのはセブンだった。


「!」
「メイ…少し顔色が優れないが、何かあったのか?」
「えっ…あーちょっと魔力使いすぎたせいかも。でもまだまだ大丈夫だから!」
「…そうか」


 意気込む私にセブンは眉根を八の字にさせて微笑む。セブンが気付いていることに、私は内心申し訳ないと思いながら、誤魔化すしかなかった。周りに悟られたくないのもあるし、何より自覚したくなかったから。
 ジャックとシンクがお互い笑いながら言い合いしているのをトレイが仲裁に入る。何を言い合っているのかと首を傾げていたらCOMMから通信が入った。


『セツナ卿の召喚が発動するまで橋を守って!』
『任務クポ!セツナ卿の召喚詠唱が始まったクポ!0組は侵攻する皇国軍を殲滅するクポ!』


 召喚詠唱が始まったと知って胸が締め付けられる感覚に思わず顔を俯かせる。見兼ねたデュースさんが心配そうに私を覗き込んできた。私は無理矢理笑みを浮かべ、その思いを振り切るように拳を力強く握る。そして私たちは再び前を見据えて走り出した。