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程なくして、私たちはメロエ地方へと入る。空は厚い雲に覆われて雨が降り注ぎ、大地にはおびただしいほどの鋼機と黒煙が、メロエ地方のほとんどを埋め尽くしていた。空に浮かぶ皇国軍の飛空艇に、私は眉を寄せる。 この飛空艇の数ではたとえヒリュウであっても、すぐに殺られてしまうだろう。目立つ行動を避けるため、出来るだけ低く飛ぶよう指示し、クラサメ隊長を探し始めた。 すれ違う朱雀兵や候補生が、目を大きく見開き愕然としている。こうなることは大体予想していたがここまで注目されるとなると後で色々ありそうだと溜め息をついた。 少し小高くなっている丘のところに、クラサメ隊長の姿が目に入る。私は、振り返らずにジャックに話しかけた。
「ジャック」 「ん?」 「もうすぐ降りるから」 「ん、りょーかぁい」
気の抜けた返事を聞いたあと、私はヒリュウに、私たちがいなくなったらすぐここから離れて、と指示する。クラサメ隊長との距離が段々近くなり、そして合図を送るようにジャックの手を握った。
「行くよ」 「ほーい」
私たちはヒリュウが隊長の頭上を通る前に飛び、無事に着地することに成功した。着地したあと、ヒリュウの行方を探す。ヒリュウは空高く飛び、すぐに視界からいなくなった。 ヒリュウが無事に居なくなったことにホッと胸を撫で下ろしていると、後ろからケイトの声が聞こえてきた。
「ジャックとメイ?!えっ、あんたらあの竜から降りてきたの!?」 「あ、やほーケイト、エイト、シンクー。元気にしてたぁ?」
仲間に暢気に挨拶するジャックを他所に、私はクラサメ隊長のもとへ歩いていく。クラサメ隊長は、ヒリュウから降りてきた私たちを驚く様子はなかった。多分西部に来る0組から事前に伝えられていたのだろう。
「ジャックを連れて参りました」 「あぁ、ご苦労だった」
私の言葉に頷くクラサメ隊長に、私は隊長を真っ直ぐ見つめる。ここまで来たのには理由があった。それを伝えることはできないけれど、ここでやらなきゃいけないことがある。何としてでもここに残らなければいけない理由があるのだ。 私の視線にクラサメ隊長は眉根を寄せる。
「どうした」 「…私に、何かできることはありますか」
帰るわけにはいかない私は、クラサメ隊長から指示を請う。そんな私に、クラサメ隊長はすっと目を細めた。
「まだ、伝えていなかったな」 「え?」 「メイ、お前は本日以降より0組に配属することが決定した」 「………え?」
クラサメ隊長の言葉に思わず聞き返してしまう。クラサメ隊長はわざわざもう一度、同じことを繰り返して言ってくれた。 私が0組に?何故?それしか浮かび上がらない。ドクター・アレシアが私の処分を預かっていることは聞いていた。それを踏まえて考えていくと、ドクター・アレシア自らが私を0組に配属させたことになる。 まさか、有り得ない。そう思っても、それ以外考えられなかった。
「驚くのも無理はない」 「…はい」 「しかし、これは紛れもない事実だ」 「そう、ですか…」
クラサメ隊長の言葉に私は俯く。 まさかドクター・アレシアは、実は最初から私を0組へ配属させるつもりだったのだろうか。いや、例えそうだとしても、ドクター・アレシアにメリットはない。その前に、ドクター・アレシアが私の処分を預かること事態おかしな話だった。 悶々と考え込む私に、不意にクラサメ隊長の手が私の頭に乗る。反射的にクラサメ隊長を見上げると、柔らかい眼差しで私を見つめていた。
「頼りにしているぞ」 「え…」 「ちょっとメイ!アタシを無視するなぁー!」 「うわっ!?」
後ろからケイトが現れ、背中に乗る勢いでぶつかってきた。思いがけない衝撃に、私は前のめりになり倒れそうになる。しかし倒れることはなく、目の前にいるクラサメ隊長が支えてくれた。慌てて顔をあげてお礼を言う。
「す、すみません!ありがとうございます!」 「わー!ちょっと隊長ー!僕のメイに何するのさー!」 「うぉわ!」
ジャックの声と共に身体が左に引っ張られる。気付けばジャックの腕の中にいて、おそるおそるクラサメ隊長を見ると、呆れたように溜め息をついた。
「メイ、ジャックの教育もしっかりな」 「は、はぁ…」 「一体どういうことなのか、ちゃんと説明してもらうからね!」 「はい…」
念を押すケイトに首を縦に振る。ケイトはそれに満足したのか勝ち気に笑った。どう説明をしようか考えていると、クラサメ隊長が私たちの後ろを見て頷く。
「揃ったようだな」
その言葉に後ろを振り返ると、いつの間に到着したのか、セブン、キング、トレイ、デュースさんの姿があった。トレイは私に気付くと、つかつか歩み寄ってきてジャックの腕を掴む。ジャックはぎょっとした顔になり、そして溜め息をついたあと私を解放した。 トレイにお礼を言うと、ジャックは少し膨れっ面になったがすぐにいつもの笑みを浮かべる。トレイがジャックに説教をしだす前にクラサメ隊長が口を開いた。
「こんな時に突然だが、本日以降よりメイが0組に配属することが決定した」
クラサメ隊長の言葉に私以外のほとんどの人が声をあげた。驚く声と嬉しそうな声(ジャックとシンクだった)に、私は苦笑する。騒ぐ面々にクラサメ隊長は淡々と話し始めた。
「0組としてメイにも作戦に参加させる。この戦いに負けるわけにはいかない。我々は必ず勝利する…必ず、生きて帰るんだ!」
凛としたクラサメ隊長の声が辺りに響く。いつの間にか騒ぎ声も収まっていた。
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