190
抱き締められて数分が経った頃、ジャックのCOMMに通信が入る。暫く無視していたジャックだったが、私が出るように促すと、ジャックはしぶしぶといった感じでCOMMに応じた。
「はいはーい、誰ですかー?」 『私です』 「と、トレイ…」
ジャックから呟かれた名前に、私はジャックの顔色を伺う。ジャックの顔は引きつっていた。
「何か用ー?」 『用があるから連絡したんです。全く、あなたって人は…』 「そ、それで用ってなぁに?」 『あぁ、そうでしたね』
抱き締めながら会話をするジャックに、私は神経を耳に集中させる。トレイの話を逸らすジャックに呆れつつも、微かに聞こえてくるトレイの話に耳を傾けた。
『実は、西部にいるクラサメ隊長から連絡が入り、こちらにいる私たちへ救援要請が下りました』 「えっ、なんでー?」 『どうやら皇国軍のクリスタルジャマーの影響で、状況があまり芳しくないらしいのです』 「か、かんばしくない?」 「良くないってことだよ」 「あーなるほどねぇ…」
トレイが言った言葉の意味がわからなかったのか、ジャックは眉を寄せて首を傾げる。ジャックから繰り返された言葉の意味を教えると、ジャックは納得したように頷いた。 そのやりとりを聞いていたのか、COMM越しにトレイの溜め息が聞こえた。
『本当にあなたって人は…』 「良くないのはわかった、わかったからー!でっ!用件は!?」 『まだ話は終わって――』
ジャックとトレイのやりとりを聞いていると、私の元にも通信が入った。抱き締める力が弱まっている隙に、ジャックから抜け出してCOMMのスイッチを入れる。相手はセブンだった。
『メイ、今大丈夫か?』 「うん、大丈夫。トレイから少し聞いたけど、芳しくないってどういうこと?」 『隊長から連絡が入ってな。皇国のジャマーの影響で、うまく動けないらしい』
それを聞いてなるほど、と納得する。トレイの言っていた、芳しくない理由がわかった。皇国のジャマーで、朱雀兵や候補生は魔法が使えなくなる。だからジャマーの影響を受けない0組の出番というわけだろう。
『それで、メイに頼みがあるんだ』 「…頼み?」 『ジャックを西部戦線にいる隊長のところまで送ってくれないか?』 「ジャックを?」 『あぁ。私たちはもう既に向かっているところだ。メイが今どこにいるのかわからないが、いちいちジャックを迎えに行っている余裕はない』 「まぁ、そうだろうね…」
確かに一分でも早く西部へ加勢したほうがいいだろう。ちょうど私も西部のほうへ様子を見に行きたかったし、とセブンの頼みを二つ返事で快諾した。
『本当にいいのか?』 「え?」 『いや、メイはそれでいいのかと思って』
セブンの顔色を伺うような声に、私は思わず首を横に振りながら口を開いた。
「全然!私も様子を見に行きたかったし…ついでに置いていくよ」 『?西部へ様子を見に行くのか?』 「え、まぁ、そのー…あ!だ、誰が西部へ行くの?」
そういえば、ナギにも西部へ行くのを言っていなかったことに気付いた私は、慌てて話を逸らす。ナギに知られたら間違いなく帰ってこいと言われるだろう。そして説教されるのは目に見えていた。 話を逸らした私に、セブンは追求することなく、質問に答えてくれた。
『私以外に、ジャック、トレイ、キング、デュースが向かうことになっている』 「他の子は?」 『蒼龍での任務が下されているし、それを遂行するだろう』 「なるほどね」
そのやりとりをしたあと、セブンは誰かに呼ばれたのか、「ジャックをよろしく頼む」と言われ、COMMが切れる。COMMが切れると私は一息ついた。 ふとジャックの声がしないことに気付き振り返ると、ジャックは痛々しいほどションボリしていた。トレイから詳しく聞いたのだろう。私はおそるおそる口を開いた。
「今、セブンから聞いたよ」 「そっかぁ…うー…さっきまで死ぬかと思ったくらいの相手と戦ってたのに、まぁた任務だなんてぇぇ…人使い荒すぎでしょー!」
そう叫ぶジャックに私は苦笑する。人使いが荒いのは今に始まったことではない。0組も大変なんだなと他人事ながら同情した。 深い溜め息をつくジャックを余所に、私はヒリュウに西へ向かうよう指示した後、回復魔法を唱える。魔法が唱え終わり、ジャックを回復させていたら、ジャックはぎょっとした顔をして私を凝視した。
「ちょ、僕なら大丈夫だから!」 「でもできるだけ怪我は治しておかないと」 「メイの魔力がもったいないよー!」 「大丈夫大丈夫。今は有り余ってるくらいだし」 「でも…」
申し訳なさそうに言うジャックに、私はムッとする。先ほど自分で言ったことを覚えていないのか、とむくれながら口を開いた。
「でもはなし!」 「へっ」 「さっき、自分でも言ってたでしょ?運命共同体だって!」 「あ…」
ジャックの顔は恥ずかしいので見ないように言う。これ以上は恥ずかしくて言えなかった。私の言葉にジャックは黙ったままだったけど、ちゃんと回復はさせてくれた。 回復が終わり、おそるおそる顔をあげると、ジャックと目が合う。ジャックは目を細めながら口を開いた。
「ありがとう」 「…どういたしまして」
これ以上突っ込まれる前に、私はジャックに背を向け前を見据える。どうやら既に朱雀と蒼龍の国境は越えたようだった。このままうまく行けば、あと数分で着くだろう。さすがヒリュウだと感心していると、ふと右手に違和感を覚えた。 ジャックが私の手を握っている。振り返らなくてもわかった。喋ることもなく、黙ったままジャックは、不意に私の手にギュッと力を入れる。私はそれに応えるように、ジャックの手を握り返した。
|