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 意外な言葉に呆然としている私に、ジャックは突然吹き出して笑い出した。


「ぷ、あはははは!」
「なっ!?」
「あーかわいいなぁもう」
「はぁ?!」


 いきなり笑い出したジャックに、私は眉をひそめて睨み付ける。ジャックは肩を小刻みに震わせながら、まだ笑っていた。何がそんなにおかしいのか、理解できない。その後でかわいいと言い出したことも理解できなかった。
 少しして落ち着いたのか、ジャックは深呼吸する。そして眉根を八の字にさせて口を開いた。


「さっきも言ったでしょー?メイと一緒ならどこへでも着いていくって」
「………」
「それに僕はそんなこと気にしないよー。そりゃあ皆には怒られるだろうけどね」
「…なんで、そこまでしてくれるの?」


 単純に疑問だった。いくら私のためとはいえ、そこまで付き合うジャックが、私には理解し難かった。そんな私に、ジャックは安心させるかのように笑みを浮かべる。


「メイのことが大事だからだよ」
「…大事って…私なんかより自分のことを」
「僕はいいの。…僕たちには、マザーがいるからさ」


 私は言葉に詰まる。ドクター・アレシアがいるから、なんだと言うのだ。0組は"ドクター・アレシアの子ども"となっているのは知っているけれど、だからって何を根拠にそう言えるのだろうか。そしてジャックが何故、そんな切なげに笑うのか、今の私にわかるはずがなかった。


「ほら!早く行こう!」
「う、ん…」


 私の背中を押して、話をそらすように急かすジャックに、私は怪訝な面持ちでジャックを盗み見る。ジャックはいつの間にか、いつものような笑みを浮かべていた。

 腑に落ちないながらも、今はとりあえず五星龍を探すことにした。私はヒリュウに五星龍を探すよう指示すると、ヒリュウは平行に飛んでいたのが真下へ急降下する。どうやら目星はついているらしい。
 風の抵抗を受けないように姿勢を低くする。後ろから小さく叫び声のようなものが聞こえたが、敢えて何も言わないことにした。
 飛ぶ速度が落ちていくのを感じとり、目線を上げる。目線の先には、崩れていない氷雲の上でぐったりしている五星龍が目に入った。その姿に私は顔が強張る。瞬時にケアルガを唱え、ジャックに振り返った。


「ジャックはヒリュウに乗ったまま待ってて」
「え゙っ!?」
「大丈夫、この子は私が言えば何もしないから」


 そう言うと私はヒリュウから飛び降りる。ジャックが何か言っていたような気もするが、今は答えてる余裕はなかった。
 ヒリュウから飛び降り、五星龍へ駆け寄る。そして唱え終えたケアルガを五星龍へ放った。再度ケアルガを唱えていると、五星龍の体がピクリと動く。顔を伺うように覗き込むと五星龍と目が合った気がした。


「?!」


 途端に五星龍の体が光に包まれた。五星龍は光ったまま体が徐々に小さくなっていき、人の形へ戻っていく。やがて光が無くなると、片膝をついて俯いているホシヒメさんが姿を現した。慌てて駆け寄りケアルをかける。


「…何故、来たのです」
「え…」
「こんなところを朱雀に見られたりでもしたら、ただでは済まされぬだろう?」
「…そうかもしれませんね」


 苦笑する私に、ホシヒメさんは眉をひそめる。こんなところを誰かに見られたら確かにヤバいだろう。でも、私はホシヒメさんを放っておくことはできなかった。あの問いに答えるためと、あともうひとつ。


「ホシヒメさん、私蒼龍へは行きません」
「…そう、ですか。わざわざそれを伝えに私の元へ来たのですか?」
「いえ。あと、もうひとつあります」


 ホシヒメさんは僅かに首を傾げ、私を見つめる。助けに来た理由、ひとつは蒼龍へ来てほしいとの申し出を断りに、もうひとつは私の記憶の中にあった。すぅ、と息を吸い込み言葉を吐き出す。


「私、昔女王様に助けられたことがあるんです」
「女王様に…?」
「はい。その時の借りを、今返しに来ました」


 真っ直ぐホシヒメさんを見つめる。ホシヒメさんは目を伏せて、ふ、と笑った。それを見て、私は一息つく。ヒリュウを呼び寄せたあと、ホシヒメさんへ話しかけた。


「身体はどうですか?」
「少し怠いが、大したことは…」
「そうですか…。では、失礼します」
「は?」


 少し屈んで、腕をホシヒメさんの膝の裏と背中へ回す。そして、両足に力を入れ、腕を持ち上げた。


「なっ」
「ヒリュウに乗るためなので、少し我慢してくださいね」
「や、やめ…!この歳でこのような…!」


 恥じらいを見せるホシヒメさんに、私は少しだけ笑ってしまった。笑った私にホシヒメさんは何か言いたそうに眉を寄せて口を開くが、その前にヒリュウが現れたのを見て閉口する。
 ヒリュウの足が地面に着いたのを見て、私はホシヒメさんを抱えて背中に飛び乗った。ジャックは私とホシヒメさんの姿を見て、目を点にさせる。それを見て、やっぱり嫌だっただろうかと不安に思っていると、ジャックが不意に口を開いた。


「お、姫様抱っこ…!?」
「え?」
「はっ…いや、何でもない!」


 ジャックから聞こえたのは間違いなく"お姫様抱っこ"だった。私がホシヒメさんをお姫様抱っこしていることに驚いただけか、と溜め息をつく。実は、お姫様抱っこされているホシヒメさんが羨ましいとジャックが思っていたことなど、今の私は知るよしもなかった。