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 漸く落ち着きを取り戻した私はジャックの上から退く。意外とジャックはすんなりと腕をほどいてくれた。溜め息をつく私を他所に、ジャックはニコニコしながら身体を起こす。その笑みが今は憎たらしく思えた。
 ジャックは身体を起こすと、顔をキョロキョロ動かし、首を傾げる。


「えーと、どこに掴まってたらいいの?」
「…ここ、掴んでて」
「これ、毛?うわぁ…ごっつい毛だねぇ」
「しっかり掴んでてね。あ、私前行くよ」
「ほーい」


 ジャックの前を通りすぎ、腰を落とす。前を見据えるが、辺りは暗く視界が悪い。とりあえず私たちが無事なことをCOMMで伝えようと、通信を試みる。しかし、何故か通信が繋がらなかった。
 どうして繋がらないのかと、眉を潜めていると、ジャックが何かを思い出したかのように声をあげた。


「ごめん、COMMのスイッチ切ってあるんだった」
「え!?いつの間に?!」
「邪魔されたくなかったからねぇ」


 あっけらかんと言うジャックに私は頭を抱える。しかしながら、そんなことをしでかすジャックに気付かない私も私だ。
 私は肩を落としながらCOMMの電源を入れる。すると、それを待っていたかのようにCOMMが反応した。


『メイ!無事か?!』
「…一応無事、です」
『そうか…はあー良かった…おい、ジャックそこにいるんだろ?仲間が心配してるからCOMMの電源入れろ今すぐに』


 COMMから聞こえてきたナギの声に、ジャックは顔を引きつらせる。ナギに有無を言わさず命令されたジャックは、渋々といった表情でCOMMの電源を入れていた。
 それを横目に、私はナギに話し掛ける。


「あの、すぐ帰りたいとこなんだけど、確かめたいことがあるから、タチナミ武官に何とか言っておいてほしいんだけど…」
『はぁ?お前なぁ…。一応聞くが、それ、任務じゃないよな?』
「うん。また詳しいことは後でちゃんと話すから…タチナミ武官のことお願いしていい?」
『あー…全く、わかったよ。こっちは任せとけ』
「ありがとう…じゃあ、また後でね」
『おう。無理だけはすんなよ』


 そう言うとプツンと通信が切れる。ナギなら何とか誤魔化してくれるだろう。肩の荷が下りたように、胸を撫で下ろしているとジャックから深い溜め息が聞こえた。それが気になり振り返ると、ジャックは何故か項垂れていた。


「ど、どうしたの?」
「んや、色々とねぇ…」


 まさか私に着いていくことを断られたのか、とジャックに問うが、どうやらそうではないらしい。じゃあ一体なんで落ち込んでいるのか、と不思議に思っていると、ジャックは苦笑を浮かべながら口を開いた。


「メイに着いていくって言ったら、エースにそうしろって言われてさぁ。でもエースの後ろから、クイーンやトレイの声が聞こえてきてね…きっと帰ったら説教だろうなぁ」
「……戻ったら?」
「今戻ったって許してくれないよー。むしろ戻ってくるなって言われそう」
「…そっか」
「あ、メイのせいじゃないからね!僕が勝手に、というか僕がメイを落としたようなものだし」


 私を落としたことを悪びれなく言うジャックは、間違いなく反省はしていないだろう。今度は私が溜め息を吐く番だった。
 お互い連絡を取り終わり、私は前を向いて前方を見据える。早く五星龍のところへ急がねば、とヒリュウに命令する前に、不意にジャックが声をかけてきた。


「それで、どこ行くの?」
「え……」


 その問いに思わず振り返ると、ジャックは小首を傾げていた。私は五星龍のことを言おうと口を開くが、すぐに閉口し顔を俯かせる。
 ジャックに五星龍のことを言ったら、きっと嫌な顔をされるに違いない。さっきまで命懸けで戦っていた相手の様子を見に行くなんて、いくらジャックだろうといい顔はしないだろう。でもだからといって、ジャックに何も言わずに五星龍に会うわけにもいかない。
 言うのを躊躇う私に、ジャックは黙ったまま突然頭を撫でてきた。


「…?」
「メイを困らせに着いて来た訳じゃないから安心して。この先何があっても僕はメイの味方だし、それにメイだけが背負うこと、ないんだよー」
「…でも」
「でもはなし!僕とメイは運命共同体なんだから、もっと甘えてきてよねー!」
「運命、共同体…」


 ジャックのその言葉に、私は言い様のない何かが込み上げてきた。それが何なのかわからない。ただ、ジャックの言った"運命共同体"という言葉が心に響いた。その言葉を聞くと同時に、胸がじーんと熱くなって、思わず涙が出てきそうになってしまう。
 私はこの言葉を、ジャックから聞いたことがある。でもそれは、今まで生きてきた中で聞いたことはない。じゃあ、一体いつ、聞いたのだろう?
 声を詰まらせる私に、ジャックが顔を覗き込んできた。


「メイ?」
「う…な、なんでもない!」
「そう?」


 ジャックから逃げるように顔をそらしたあと、ちらりとジャックを盗み見る。ジャックは目尻を下げて私を見ていて、ドキリと心臓が跳ねてしまう。
 ジャックのその言葉を深く考えないようにと私は首を横に振り、深呼吸する。そのお陰かいくらか落ち着きを取り戻せた。


「ふぅ…」
「大丈夫?」
「…うん。え、と、ジャックがそう言ってくれるのは正直凄い有難いよ。でも、本当にいいの?…さっきまで命をかけて戦ってた相手に、会いに行くんだよ?」
「大丈夫大丈夫!メイと一緒だし!」
「だよね、やっぱり無理だよね………は?」
「メイと一緒ならどこへでも着いていくよー」


 そう言ってへらりと笑うジャックに、私は呆然とするしかなかった。