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落ちていく感覚に血の気がサァと引く。セブンが私とジャックの名前を呼んだ気がするが、今はそれどころじゃなかった。ただ、右手にはしっかりとジャックの左手が握られていて、人のぬくもりを感じる分少しだけ冷静さを取り戻せた。
「落ちてるねぇー」 「は、そんな暢気なこと言ってる場合じゃないでしょ!少しは焦りなよ!」 「でも焦ったところでどうにかなるわけでもないでしょ?こういうときはー…流れに身を任せよう!」 「なんでそんなに落ち着いていられるのか不思議で仕方ないわ!」 「そりゃあメイと一緒だからねー」
落ちているのにも関わらず、ジャックは相変わらず笑みを絶やさない。その性格が羨ましいと少しだけ思った。 とりあえず心の中でヒリュウを呼んでみる。すると、すぐに翼らしき音と共に、一体のヒリュウが私たちに向かってくるのが見えた。その姿にホッと安堵の息を吐く。きっとヒリュウが上手く受け止めてくれるだろう、そう思っていると、突然右手を思いっきり引っ張られた。
「!?」
強い力で引っ張られ、気が付くとジャックの腕の中にいた。吃驚しながら顔を上げると、ジャックの顔が至近距離にあって、慌てて顔を俯かせる。顔が熱くなるのを感じながら、ジャックに話しかけた。
「いきなり、何すんの…!」 「ん?ヒリュウが僕たちを受け止めてくれるんでしょ?」 「え…なんで」 「メイのことならなんでもわかるよー」
そう言うとジャックは私の身体をきつく抱き締める。私はどうしていいかわからず、顔を上げられないでいた。顔から火が出るほど恥ずかしい。早く来てくれと思っていると、私の耳元でジャックが何かを囁いた。
「 」 「…え?」
本当に小さな声で、しかも風を受けているからかジャックのその言葉のほとんどが聞き取れなかった。顔を少し上げて首を傾げながら聞き返す私に、ジャックは切なげに笑うだけで、どうしてそんな顔をするの?と言いたかったけれど、それは叶わなかった。
「あ、来たみたい」 「え?」 「じゃ、僕が下になるね」 「は?」
ジャックの言ってる意味がわからず眉を寄せる。そんな私を余所に、ジャックは私をがっちり抱き締めたまま、器用に上下を逆にし、私の背中を空に向かせた。何となく意図がわかった私に、ジャックは安心させるかのように笑みを浮かべ、頭をひと撫でする。その瞬間、小さな衝撃を受け反射的に目を閉じると共に、「痛っ」というジャックの声が耳に届いた。 私は慌てて目を開けて顔をあげる。浮遊感は既になくなっていた。
「大丈夫?!」 「ん、大丈夫大丈夫ー」
ジャックは少し顔をしかめていたが、すぐに笑みを浮かべる。目線を少し上げるとごわついた背中が目に入り、ヒリュウが受け止めてくれたのだと安堵した。
「うーん、乗り心地はあんまりだねぇ」 「あ…ご、ごめん、すぐ退くね」
ジャックの上に乗っていることに今更気付いた私は、ジャックから退こうと身体を起き上がらせる。しかし、ジャックの腕が腰を離さないからか、上から退こうにも退けられなかった。 何のつもりだと私は眉を潜めジャックを見る。
「退くから、腕離してほしいんだけど…」 「だめって言ったら?」 「………」 「僕一応怪我人なんだから乱暴はやめてねー」 「ら、乱暴なんかしません!ていうか、ち、近いっ…!」
少しだけ上半身を起こしているといっても、ジャックとの距離は思ったより近い。恥ずかしくてどうにかなりそうだ。 ジャックに見えないよう、私は顔を俯かせる。今絶対、顔赤くなってる。
「恥ずかしいの?」 「は、恥ずかしいに決まってるでしょ!」 「離してほしい?」
その言葉に私は首を何回も縦に振る。そんな私にジャックは背中に手を回し、思いっきり自身に引き寄せた。その拍子にジャックの胸辺りに顔が沈む。
「じゃあ、連れてってくれる?」 「え…」 「僕も一緒に連れてってくれるなら離してあげる」 「なっ…」
反則だ。そんなこと言われたら断れるわけがない。それをわかっててジャックも言っているのだろう。腕の中で足掻いてみたものの全く無意味に終わり、どうやら私がイエスと言うまで離すつもりはないらしい。 黙ったままの私に、ジャックは追い討ちをかけるように抱き締める力を強くする。密着する身体に、心臓がこれほどなく加速していくのがわかった。
「どうする?僕はずっとこのままでも構わないけど」 「わかっててやってるんでしょ…」 「こうでもしなきゃ、一緒に行かせてくれないからねぇ」 「…狡い」 「メイには敵わないよー」 「……はぁ…」
溜め息をついたあと、私は小さく「わかった」と答えた。それを聞いたジャックは不意に、片方の手で私の手を取り、指を絡ませる。吃驚して顔を上げると、ジャックは微笑みながら「約束ね」と呟いた。そんなジャックに、胸が今までにないほど締め付けられる。同時に頬が緩み、耳が熱く感じた。 今なら羞恥心で死ねるかもしれない、と顔を俯かせ、ジャックに気付かれないように深く深呼吸をするのだった。
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