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 五星龍がいなくなると、バハムートの身体が光り出す。腕で目を庇いながら光が弱くなるのを待っていると、バハムートがいなくなった場所には0組の姿があった。その光景に唖然となる。
 これは一体どういうことなのか。目の前にいる0組は、ダメージを負ってはいるものの、誰一人倒れてはいなかった。
 召喚獣は命の引き換えに召喚される。それに反して0組は召喚に成功し尚且つ生きている。確か解放作戦のときも0組は死なず生きていた。どうして彼らが召喚獣を召喚しても命は失われないのか。
 ふと、頭の中で響いた声の主の姿が脳裏に浮かぶ。もしドクター・アレシアが関わっているとすれば、彼女は一体何者なのだろう。


「あー!メイー!!」
「!」


 私を呼ぶ声で思考が遮られる。その声の正体の方へ顔を向ければ、こちらに向かって両手をぶんぶん振っているのが目に入った。彼、ジャックもまた身体のあちこちに傷を負っているようだった。
 私はCOMMで飛空艇を呼んだあと、ヒリュウと共に0組の元へ行く。ヒリュウから降りると、すぐにジャックが飛び掛かってきた。


「メイー!!」
「うぶっ」


 どこにそんな力が残ってるのかと問いたいくらい、ジャックは私に体当たりをかましてきた。ジャックに抱き締められると血腥い香りと一緒に独特あるジャックの匂いが鼻を掠めた。その匂いに、私は心の底からホッと安堵する。ここにいるのは紛れもないジャックだと胸を撫で下ろした。
 ジャック以外の0組が、身体を引き摺るように近付いてくるのに気付く。私は慌てて口を開いた。


「あ、ちょ、動かない方がいいって!飛空艇ももうすぐ来るから!」


 私の言葉を聞いた0組はホッと一息したのを見て、私はハッと我に返る。いつまでも離れようとしないジャックをどうしようかと悩んでいると、飛空艇が近付いてくる音が耳に入った。その飛空艇の拡声器から声が聞こえた。


「無事か!?今回収するから待ってろ!あとジャック!お前後で覚えとけよ!」
「あはは、容赦ないなぁ」


 そう言いながらもジャックは離れようとしない。いつもなら突き飛ばしてしまえばいいのだけれど、負傷者を突き飛ばすのはさすがに気が引ける。溜め息をつきながら周りへ目を移すと、皆揃って苦笑いを浮かべていた。
 私は肩を竦めて、飛空艇がこちらに向かってくるのを横目にジャックへ声をかける。


「ジャック、いい加減離れてくれない?」
「んー?なんでー?」
「なんでって…皆見てるし」
「えー、見ててもいいじゃーん」
「いや良くないから」
「…メイ」
「ん?」

「好きだよ」


 周りに聞こえないようにジャックは囁く。一瞬何のことだかわからなかったが、ジャックの言葉を思い返し、顔に熱が集まるのを感じた。赤くなっているであろう私の顔を見て、0組は不思議そうに首を傾げている。


「はぁっ?!い、今!?」
「ふふふー、何今さら恥ずかしがってるのー?」
「だっ、てジャックが!!」
「僕がなにー?」


 口をぱくぱくさせる私に、ジャックは悪戯っ子のような笑みを浮かべて私の顔を覗き込む。反論しようにも皆に怪しまれそうだったので、私はとりあえずこれ以上調子に乗らせまいとジャックから顔をそらした。
 私の様子を見かねたのか、キングがジャックの襟元を掴み引っ張る。お陰でジャックから離れることに成功した。キングにお礼を言いながら、心を落ち着かせる。その間、襟元を掴まれているジャックは不満げに口を尖らせていた。


(あれ、そういえば…)


 0組を見渡していると、ふと五星龍のことが気にかかった。0組はこうして無事だけれど、五星龍は一体どうなったのだろう。一度気にかかると頭から離れなくなる。いてもたっても居られず私は五星龍が落ちていったところへ駆け出した。下を覗くと、そこは闇に包まれていて何も見えない。
 ホシヒメさんのことを覚えているということは死んではいないはず。でもあのバハムートに攻撃されたのだから、相当大きなダメージを負っているだろう。


「メイ?」


 様子がおかしい私にセブンが話し掛けてくる。敵である五星龍を心配してることをセブンは思ってもみないだろう。そもそも心配する方がおかしいのだから。しかし、私にとってあんなことがあった以上、五星龍のことが気にならないわけがなかった。


「セブン…」
「…どうした」


 私は拳を握り締め、唇を噛む。セブンはそんな私を心配そうに見つめていた。私は俯き一人考え込む。
 ここでまた一人別行動するわけにはいかないだろう。心配してくれる人がいる以上、一人で別行動をするのは気が引けた。どうすれば五星龍の様子を見に行けるだろうか、と思考を巡らせていると思考を遮るようにハッキリと声が聞こえた。


「僕がついて行こうか?」
「…へ?」


 思いがけない言葉に顔を上げると、いつの間にキングから解放されたのか、笑みを浮かべたジャックがセブンの隣で立っていた。ジャックの言葉にセブンは首を傾げてジャックを見る。
 ジャックの申し出は有難いけれど、連れて行くわけにはいかなかった。何より巻き込みたくない。私は首を横に振った。


「連れて行くわけにはいかないよ」
「てことはやっぱりどこかに行く気なんだねー」
「……あ」


 しまった、と私は口を塞ぐが時既に遅し。対するジャックはにこにこと笑みを浮かべたまま、私に近付いてくる。セブンは何故かそれを止めようとはしなかった。


「まぁた内緒でどこかに行く気だったんでしょ?」
「いや、ちがっ」
「じゃあなんで"連れて行くわけにはいかない"って言ったの?どこかに行きますって宣言してるようなものだよねぇ?」
「そ、それは…」


 ジャックに鎌を掛けられたと気付くのに時間はかからなかった。どう言い訳をしようか思考を巡らす。しかし、なんとも言えない威圧感を放つジャックに私は考える余裕もなく顔を引きつらせた。近付いてくるジャックから逃れようと、後ろに後ずさるが、地面を踏む感触はなく、身体が後方へ倒れていく。


「え?」


 後ろに傾いていく身体に私は目を見開く。目の前にいるジャックも同じく目を見開いていた。ジャックが咄嗟に手を伸ばし、私もそれを掴もうと手を伸ばす。


「「あ」」


 ジャックの手の感触を得られたのはよかったのだが、私の重力に耐えきれなかったのかジャックの身体も前のめりになる。そして私と共に奈落の底へ引きずり込まれるのだった。