19




 トンベリを抱いたまま、私はエントランスへ出る。未だ夢の中にいるトンベリを無理矢理起こすのも気が引けるし、このまま自室に戻ろうかと再び魔法陣の中へ入ろうとしたときだった。


「メイー!」
「………」
「ちょ、こらぁ!無視するなー!」
「……はぁ」


 いつもいつも現れてタイミングが悪い。実は狙って現れてるんじゃないかというくらいだ。毎日毎日、私を探すのって大変ではないのだろうか。
 今日もご機嫌がよろしいだろうジャックが私の前に回り込む。私の腕の中にいるトンベリを見てエース同様目を丸くさせた。


「あれー、それって隊長のトンベリだよねぇ?」
「…そうだね」
「メイに抱っこされていいなぁ…僕も抱っこし」
「いや無理だから」


 ジャックの言葉を一刀両断する。そもそも私がジャックを抱っこできるわけがない。身長差もだいぶ差があるし体格も違うしでジャックを抱っこできたら女じゃなくなる気がする。
 ジャックは肩を落としたあと、顔を上げてニヤッと笑った。


「じゃあ僕が抱っこしてあげようか?」
「こんの変態!」
「痛っ」


 左足でジャックの腰辺りを蹴る。こういう動作をしてもトンベリはうんともすんともしない。どんだけ爆睡してるんだろう。


「ねぇどこいくのー?」
「自分の部屋。朝早かったし、トンベリと寝てくる」
「えー!僕もー」
「あんたは授業があるでしょうが!」


 部屋に行きたいといって聞かないジャックに授業が始まる前には部屋出なさいよ、と忠告する。気の抜けた返事をするジャックに、本当にジャックには甘いなと自分に呆れてしまった。

 部屋に入りトンベリをベッドに起き、適当なタオルケットをトンベリにかける。起きたらクラサメ隊長のとこに行くことにしよう。
 ジャックはあちこちに顔をキョロキョロとさせていて、何やら落ち着かない様子だった。さすがに女の子の部屋ってのは恥ずかしいのだろうか。


「適当に座ってて。えーと何か飲み物あったっけな」
「あ、いやいやお構い無くー。僕が勝手に押し掛けて来ちゃったし」
「え、あ、そう」


 私は飲み物を取りに行くのをやめ、寝ているトンベリの隣に静かに座る。ジャックは私のソファに我が物顔で座っていた。それでもどこかソワソワしているようで、私は眉を寄せながらジャックに声をかけた。


「落ち着かないようだけど、何かあった?」
「え、ああ、うーん…落ち着かないわけじゃなくて、逆に凄い落ち着くんだよねぇ」
「ふーん」
「メイの部屋だからかなぁ。めちゃくちゃ安心するよー」


 嘘偽りのない笑顔を向けるジャックに私は自然とある事を口にした。


「あの、さ、私の前では無理、しないでいいから」


 それをジャックがどう捉えるかはわからない。けれどこれは私の本心だ。
 ジャックは何か理由があって演技をしているのは最初から気付いていた。ただ知り合った当初はそんなに気にしないでいたけど、段々仲が良くなっていくにつれ無理をしないでほしいという気持ちが私の中に生まれた。
 どうしてかはわからない。私自身もジャックに対してナギと同じように安心しきっているからかもしれない。ジャックは私の言葉に目を点にさせた。


「えぇ、どういうことー?」
「……しらばっくれないで。私、そういうの敏感なんだから」
「…あは、やっぱりメイには敵わないなぁ」


 ソファに座ったまま両腕を上に上げて伸びをするジャック。ジャックの顔は若干緊張が取れたような、なんというかだらしない表情になっていた。見る限り私の言いたいことがジャックにちゃんと伝わったんだと思う。


「それにしても、」
「んー?」
「マクタイ奪還作戦の時もレコンキスタ作戦の時もよく私に気付いたね。そんなに分かりやすかった?」
「あぁー……愛ってやつかなぁ!」
「私、0組の子達以外に気付かれたことないんだけどな」
「(スルーされた…!)」


 いちいち反応していたらキリがないのでスルーする。ジャックはスルーされた、とでも思ってるのだろう。顔がそう言ってるような気がした。


「ねぇ、私、そんなに分かりやすい?」
「え、んー…分かりやすいっていうかぁ、なんか何かに護られてるような、そんな感じがするんだよねぇ。まぁでも僕はメイのことならなんでも知ってるからさぁ」
「……そう」
「(またスルーされた…!)」


 ジャックに聞いた私がバカだった。まぁ今のところジャック以外に私だって知られていないようだし、これからも用心しなければ。

 ふと時計を見るといつの間にか時計の針が授業開始10分前を指していた。


「ちょ、あと10分で授業始まるよ!ほら、ジャック!授業出なきゃ」
「えぇー!もっとここに居たいー!サボっちゃダメ?」
「ダメ!ほら早く行った行った!」
「うー…じゃあ、またここに来てもいいなら行く」
「はぁ!?……あーわかった、わかったからさっさと行きなさい!」
「!へへ、やりぃ!んじゃ行ってくるー!」


――バタン

 ジャックが出ていった後、部屋は静けさを取り戻す。トンベリはまだ夢の中にいてこのトンベリすごいな、と尊敬してしまった。
 ジャックが行った後、眠気が襲ってきたので部屋の鍵をきちんと閉めてアイツに連絡したあと眠りにつくのだった。


(メイー!授業終わったから入る……あっ!鍵かかってるし!ちくしょー…騙された…!)
(ジャック…お前ここで何やってんの?)
(げっ…ナギ…)
(ここメイの部屋だぜ?ああ、メイの用なら俺が聞いてやるよ)
(い、いい、遠慮する、それじゃあまた!)
(ナギに連絡しておいてよかった…)