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 崖から飛び降りた私をヒリュウがタイミング良く現れ背中へと着地する。無事着地したのがわかるとヒリュウは上空へ飛び上がった。
 ちらりと視線を下に落とす。武官の人は呆然と空を見上げているのが見えた。武官の姿がだんだん小さくなっていき、やがて姿が見えなくなった。


「はぁ…」


 武官の姿が見えなくなり、私は思わず安堵の息を吐く。しかし、追手が来ないとも限らないのでヒリュウに速度を上げるよう命じた。
 改めて辺りを見渡すも五星龍の姿はなく、そのかわりに五星龍の咆哮が耳に入る。咆哮のした方へ目を向けると、微かだが五星龍の翼らしきものと黒煙が目に映った。


「急がないと…!」


 0組が五星龍と戦う前に。私の独り言に応えるようにヒリュウは煙が立ち上っている方角へ飛んだ。

 飛ぶこと数分で一隻の飛空艇が目に入る。その飛空艇は五星龍がいる方角から来ているようだった。
 もしかしたらあそこに0組がいるかもしれない。そんな淡い想いを抱きながらヒリュウは飛空艇へと近付いていく。見つからないように飛空艇の真上へ移動し、上から様子を見ることにした。
 私はヒリュウに乗っている身であるため、無闇に飛空艇へ近付けば敵と間違えられる可能性があった。そのまま近付いて行けば間違いなく連射砲を向けられるだろう。ヒリュウに怪我させられることなく飛空艇へ乗り込むには、単身で乗り込むしか方法がなかった。
 考えた末私が出した答えは、少々危険かもしれないが飛空艇の甲板に飛び降りることだった。


「ヒリュウは飛空艇の見える位置で待機。もし、あそこに0組がいなかったら飛空艇から飛び降りるからまた受け止めてくれる?」


 そう言うとヒリュウが頷いたような気がした。
 素直に聞いてくれるヒリュウに私は背中をひと撫でする。そしてヒリュウの背中から飛空艇を見下ろした。飛空艇の甲板が騒がしい。どうやらヒリュウに気付いたようだった。
 連射砲が来る前に、と私は大きく息を吸い込み、ヒリュウから飛び降りた。


「!」


 飛び降りる瞬間、ナギの姿を垣間見る。大きな怪我を負っている様子はなくホッと安堵しながらも急降下していく身体に、私は自身にプロテスを唱えた。
 今までの任務でこの高さから飛び降りたことは何度かあったが、怪我をしない保障はない。だからこそ、万が一のことを考えての行動だ。
 幸い、私が着地する予定である場所に人はいない。もう少しで甲板だとわかると同時に叫ぶ声が聞こえた。


「メイ!」


 その声がナギの声だとわかった瞬間、私の足は無事甲板の上に着いた。少しだけ足が痺れたが、身体は何ともなく安心していたのもつかの間、誰かに身体を抱き寄せられた。


「!?」
「…よかった…」


 消え入りそうな声と一緒にギュウと抱き締められる。驚きのあまりされるがままだった。
 この状態をどうしようかと目を動かすと、候補生と朱雀兵が呆然と私たちを凝縮しているのがわかり羞恥心でいっぱいになる。顔に熱が集まるのを感じながら、小声でナギに話しかけた。


「な、ナギ!皆見てるよ!恥ずかしいから離して!」
「………」
「(無視か!)…はぁ」


 デジャヴを感じないでもないが、仕方ないと肩を竦める。しかしふと、候補生や朱雀兵の中に朱のマントがいなかったことに気付いた。途端にサッと血の気が引く。
嫌な予感がする。
 そう思いながらおそるおそるナギに問いかけた。


「ねぇ、ナギ…0組は…?」


 私の問いかけにナギがピクリと微かに反応する。そしてゆっくり身体が離れ、ナギの顔を覗き込むとその顔は酷く歪んでいた。


「0組は、今はここにいない」
「!」
「逃げ遅れたんだ、他の候補生も、0組も」


 ナギの答えに私はナギから離れ甲板の端から身を乗り出すように飛空艇の後方を見つめる。そこには0組の姿こそ確認はできなかったけれど、五星龍の後ろ姿は確認できた。
 私は勢い良く振り返り、声をあげる。


「迎えには?!」
「!、て、敵が多すぎて迂闊に近付けない。それにあそこに五星龍がいるんじゃ…」


 私と目が合った朱雀兵の一人が、たじたじになりながらも話す。
 確かにあの状態で迂闊に近付けば飛空艇も巻き添えを喰らうのは間違いないだろう。でもだからといって、0組や候補生を見捨てるわけにはいかない。それは皆わかっているはずだ。
 私は思わずナギを見ると、ナギは歯を食い縛り拳を握って俯いていた。他の人も悔しそうに目を伏せる。その様子に私は口を開いた。


「私があそこの様子を見に行ってきます」
「なっ…!?」


 候補生や朱雀兵が驚愕の声をあげる。ナギもまたその一人だった。