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「南方第参地区の負傷者と2級以下の兵を下げろ!」
その言葉に汗が頬を伝う。兵を下げるということは味方に被害が出ないようにするためだろう。それは、味方に被害が出るほどの攻撃をするという意味でもあった。
「これより出撃する!」
ホシヒメさんの目が光り、右肩にルシの紋章が浮き出る。ルシとして、被害が大きい地区へ赴き0組と対峙するのだろう。 ルシであるホシヒメさんにさすがの0組でも勝てるなんて思えない。ホシヒメさんを止めようと口を開くが、私が何を言っても無駄だと気付きすぐ口を閉じる。 ホシヒメさんは真剣な表情で私を見据えた。
「心苦しいのはわかります。しかし、あなた方が朱雀を守るように、私たちも蒼龍を守らなければならぬ」 「………」 「あとは頼みましたよ」 「御意」
蒼龍武官の人に目配せしたあと、ホシヒメさんは武官の人に見守られながら崖に向かって歩いていく。崖に近付くにつれてホシヒメさんの身体は青い光を纏っていた。 そして崖の端まで着くとホシヒメさんは振り返り、目を閉じながらゆっくりと背中から落ちていく。落ちる間際、一瞬だったが目が合った気がした。
「!」
ホシヒメさんが落ちた後、崖の下が光る。そこから現れたのはホシヒメさんではなく、ルシ・五星龍の姿だった。一度戦場で目にしているが間近で見るとその姿に圧倒される。 五星龍は大きく咆哮したあと、南の方角へ向かって飛んで行ってしまった。 暫く呆然としていたが、ハッと我に返りヒリュウへ振り返ると蒼龍の武官の人が私とヒリュウの間にいた。
「お待ちください」 「!?」
ヒリュウに乗ろうと思っていたが、武官の人に止められる。何をする気だと眉を寄せて武官を睨み付けた。
「どこへ行くつもりですか?」 「どこって…仲間のところに決まってるじゃないですか」 「なりませぬ」 「は…?」 「行かせぬようホシヒメ様から命じられていますので」
その言葉により一層眉を寄せる。 ホシヒメさんは何を考えているのか。私を行かせないようにって、一体どういうことなのか。 訳がわからないといった表情をしている私に、武官の人は小さく溜め息をついた。
「ホシヒメ様はあなたを死なせてはならぬとおっしゃってました」 「…だから?」 「私たち蒼龍であなたの身柄を保護するよう命じられています」 「保護…?」
どうしてそうなるのか意味がわからない。 死なせてはいけないからって蒼龍で身柄を保護される覚えはない。普通、そういうことはホシヒメさん本人から言うべきことだろう。いや本人から言われたとしても困るけど。 それに、この人たちは私が朱雀の人間だってわかっているはずだ。蒼龍が敵である朱雀の人間の身柄を保護するなんて納得するわけがない。
「私たちが納得していないと思っていやがるんでしょう?」 「!」 「確かに朱雀の人間、しかもこんな小娘を蒼龍で保護するなんて私は嫌だと言いました。しかしホシヒメ様は穏やかな表情で言うんですよ。あの娘は私たちに危害を加えたりしない、と。根拠もないのに、何故そう言いきれるのかと訪ねたらホシヒメ様は笑うだけでしたが」 「………」 「…まぁ、先程のやり取りを見て少しは信じてやらないでもない」
そう言うと武官の人はそっぽを向いた。ホシヒメさんの言葉に半信半疑のようだったが、実際に私とホシヒメさんの様子を見て大丈夫そうだと思ったらしい。そう思ってくれるのは正直複雑だが、だからといって私が蒼龍へ行くわけにいかなかった。 蒼龍へ行くということは、朱雀を裏切ることになるのだから。
「そう、思ってくださるのは正直複雑です。蒼龍の仇となる朱雀の人間ですし…朱雀の命令であったら、蒼龍の人たちを殺してしまう。今だって、もしかしたらあなたを殺そうと思っているかもしれないんですよ?」 「実際に殺そうと思っているのですか?」 「それは…」
そう返されては何も言い返せなかった。思わず俯いてしまう。殺そうなんて微塵にも思っていない。 私はこの話題から逃れようと、口を開く。
「…すみません、もう行きます」 「……なりませぬと言ったはずですが」 「さっき、ホシヒメさんが言ったように私も朱雀を守らなければならないので」
そう言ったあと頭の中に浮かび上がる仲間の顔。私にできることは僅かかもしれない。でも、その僅かでも私にできるのならやらなくてはならないから。
「私は、仲間のところに行きます」 「…そうですか、ならば」 「ホシヒメさんにも自分から謝ってきます」 「は?」
私の言葉に呆気に取られる武官の人を横目に、ヒリュウへ目で合図を送る。そして武官の人と向き合うと笑みを作った。
「ありがとうございました、こんな私を少しでも信じてくれて」 「な、何を…」 「サンダー!」 「!」
何かを言われる前に私は空へ向かってサンダーを放つと共にヒリュウは翼を広げ飛び立つ。驚く武官の人を置いて崖へ向かって走り出した。
「あっ!?ま、待ちやがれ!」
その言葉を背中で受け止めながら私は崖から飛んだ。
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