小さき頃の、恋の行方




 今日はなんだかやる気が起きないからサボろうと思った。もちろん毎回サボっているわけじゃない。だって毎回サボってたらトレイやクイーンがうるさいし。やる気が起きないときって誰にでもあるんだと思うんだよね。
 で、最近あまり寝つきが良くなかったから昼寝できそうなところ探していたら、いつもなら誰かしらいるテラスが、今日は何故か人っこ一人おらず僕だけの貸し切り状態となっていた。



「へへ、ラッキー」



 そう呟きながら僕はベンチに腰をかけ、すぐに横になる。太陽の光が全身を包み込んで気持ちが良い。
 横になったあと、意識が遠退いていくのに時間はかからなかった。





(……?)



 気付いたら何故か立っていた。真っ白い世界にただ自分だけが立っていて、どうしてだろうと首を傾げる。
 さっきまで自分はテラスのベンチに横になったはず。周りを見渡しても何もない、真っ白い空間だけだった。
 少しして、あぁ、と気付く。これは夢の中だ、と。



(夢を見るなんて何年ぶりだろ)



 ここんとこ任務に勉強に訓練に、と目まぐるしいほど忙しく夢なんて見る暇もなかった気がする。何年も見ていなかったのに、なんで今更夢を見るんだろう。
 そう思ったが、まぁいいか、と軽く考えることにした。



(それにしても、味気のない夢だなぁ)



 どうせなら皆とばか笑いしたり、女の子に囲まれたりと楽しい夢を見たかった。
 ただ真っ白い空間に自分一人だけというのは、つまらなくもあり、少しだけ気味悪くもあった。ただ立っているだけというのもアレなので少しだけこの夢の世界を堪能することにした。



(…なんだかなぁ)



 歩いても歩いても周りの景色が変わるわけでもなく、何か現れる気配もない。真っ白い空間をひたすら歩くだけだった。
 だんだんつまらなくなってきた僕は、ハァ、とため息をつき尻餅をついた。



(早く醒めないかなぁ)



 空を見上げるように僕は上を見上げた。何もない、真っ白な世界。今の自分がこの真っ白い世界にいることにおかしく思えた。
 僕は大の字になり、両手を頭の後ろへ組む。ボーッと真っ白な天井を見上げていた。すると、何故か真っ白な天井にスクリーンのような物が突然映し出される。眉間に皺を寄せてそれを見つめていると、ある一人の幼い女の子がスクリーン上に現れた。



(…誰だろ)



 見たこともない女の子ははにかみながら喋っている。その女の子に、何故か胸の奥がキュウと締め付けらるような感覚が僕を襲った。何かを喋っているようだが、声が聞こえない。なんて言っているのかもわからない。もちろん口パクだけでわかるはずもなかった。



(あーもうなんなんだよー)



 映し出されている女の子が誰かも気になるし、何を喋っているのかも気になる。
 どうやら自分に話し掛けているようで、その女の子とは目が合ったままだった。



(もう意味わかんないし、早く夢よ醒めろー!)



 思い切り目を瞑りそう思った瞬間、耳に誰かの声が聞こえた。
 え?と思って目を開けると、目の前には候補生らしき女の子が僕を見下ろしていた。



「あ、起きた」
「………」
「こんなとこで寝てると風邪引くよ」
「………」
「……起きた、よね?」
「…ん…?」



 僕は思わず彼女を凝視する。
 夢の中に出てきた幼い女の子に、どことなく似ていたからだ。呆然とする僕に、彼女は「大丈夫?」と話しかけてきた。僕は我に返ると慌てて返事をする。



「だ、大丈夫大丈夫…寝惚けてただけ」
「そう。あ、もうすぐ雨降ってくるから中に戻ったほうがいいよ」



 そう言われ、僕は空を見上げるとさっきまで燦々としていた太陽がいつの間にか真っ黒な雲に覆われていて、今にも雨が降りだしてきそうな空模様だった。
 僕は身体を起こして伸びをしていると、彼女は「それじゃあ」と言って踵を返し魔法陣の方へ歩き出した。



「あ、ちょ、ちょっと待って!」
「?」



 転けそうになりながら慌てて彼女を追う。首を傾げて僕を見る彼女は、やっぱり夢の中に出てきた女の子の面影が残っていた。



「なに?」
「あ、えーと…な、なんで起こしてくれたの?」
「なんでって…たまたまテラスに来たらあなたが寝てたから」
「そっか、起こしてくれてありがと!ねぇ、君はいつもここに来るの?」
「いつもじゃないけど、たまに来るよ」
「ふむふむ、なるほど!あ、あのさ、君の名前、教えて!」
「…なんで?」
「僕を雨から救ってくれた恩人だから!」



 僕は何を口走っているんだろう。
 何となく彼女のことを知りたくて、話してみたくて、夢の中に出てきた女の子なんじゃないかって思ってて。初対面なはず、だけど初対面じゃない気がして。本当になんでかわかんないけど、今彼女と別れてしまったら駄目な気がした。



「…名前聞くのならまずはあなたからどうぞ」
「あ、ごめんごめん、僕の名前はジャック!はい、君は?」
「ジャック……?」
「うん?」
「……私はメイです」



 メイ?なんか聞いたことあるような、ないような。そういえば、僕が自分の名前言ったときメイの顔色が微妙に変わったような気がする。でも、なんで?



「………」
「………」
「じゃあ、私はこれで」
「あ、ちょっとまだ待って!」



 メイの顔色が変わったことが気になって、歩き出そうとするメイの腕を掴んだ。メイはびっくりしたのか目を見開いて僕を見る。
 あれ?この光景、前にも………あ。



「…メイ」
「な、なに?」
「僕のこと…知ってる?」
「は?な、何言ってるの?知らないよ、初対面だって。人違いじゃない?」
「でも、僕はメイのこと知ってる気がする」
「気がする、だけでしょ?人違いだって」



 ここで僕はようやく思い出した。随分前にも同じような体験をしたことを。

 まだ僕が幼い頃。今と同じように、外で昼寝してたら、知らない女の子が雲行きが怪しいからって起こしてくれて。名前を聞けばメイだって教えてくれて、話せば同じ村の出身てことがわかって。
 メイは僕にとって初めての友達であり、そして初めての恋の相手だった。



「!ちょ」
「思い出した」
「え…」
「会いたかった、メイ」
「………」



 確かめるようにメイをきつく抱き締める。メイは少し抵抗したものの、すぐに力を抜き、身を委ねた。

 仲良くなったあと、敵襲で僕の両親が居なくなって、僕は外局に引き取られることになり、メイとは離れ離れになってしまった。離れ離れになってから日々鍛練や勉強に追われて、今の今までメイのことなんてすっかり忘れていた。
 なのにまさか、こんなところで出会えるなんて。



「…似てるなって思ってたけど、まさか同一人物なんて思わなかった」
「うん」
「今の今まで忘れてた」
「僕もだよ」
「…元気そうで良かった」
「メイも、生きてて良かった」
「勝手に殺さないでよ。…ジャックに会うために生きて来たんだから」
「うん」
「…痛いよ、ジャック」
「ごめん」
「……泣かないでよ。そういうとこ、小さい頃から変わってないね」
「メイだって、素直じゃないとこ変わってないよ」
「悪かったね」
「でも、変わってなくて安心した」
「…ジャックも相変わらずで安心した…私も、ずっと会いたかったよ」



 そう言うとメイは僕の背中に腕を回す。ポツリポツリと降りだした雨の中で、僕とメイはお互いを確かめあうように抱き締めあうのだった。

(2013/08/08)