貴重な休暇




 久しぶりの休暇に私は部屋のベッドで横になり本を読み耽っていた。任務のない日なんて滅多にないことなのに、遊びに行く気分にもなれず部屋で過ごすことにしたのだ。
 戦争中だというのに魔導院内は案外落ち着いた雰囲気で、部屋の中に居ても慌ただしい声も聞こえることはなく、戦争中だというのを忘れてしまうくらいだった。



「メイー!」



 聞き慣れた声が廊下に響き渡る。私は耳を塞ぎたくなったが、何度も私の名前を呼ぶそいつに根負けし重い腰をあげて部屋の扉を開けた。
 部屋の扉を開けると、そいつはパアッと笑顔になり嬉しそうに抱き着いてきた。



「メイー!」
「…一応女子寮の廊下なんだから、大きな声で名前を呼ばないで」
「えー、僕とメイの仲じゃんかぁ」
「どんな仲だよ」
「どんなって、ただならぬな」
「どんな仲だよ!」



 そう突っ込むとそいつは楽しそうに笑って、私の部屋の中に入りソファに座る。それを呆れながら見つつ、私は部屋の扉を閉めてベッドの上へと腰をかけた。



「まーた本読んでたのー?」
「悪い?てか今日授業は?」
「んーないよー」
「嘘つき。0組の時間割毎週セブンから聞いてるよ」
「げっ、セブンから聞くなんてズルい!」



 口を尖らせるそいつに私は溜め息をつく。開いていた本を閉じて本棚に戻し、そいつへ視線を移した。



「早く授業行きなよ」
「もう授業始まっちゃってるから行っても怒られるだけだもーん。だから行かない」
「…さいですか」



 まぁ怒られるのは私ではないので本人が行く気ないならもう何も言わないでおこう。それよりも、何故こいつは今日私が部屋にいることを知っていたのかが気になる。私が休暇だというのを知ってるのはナギくらいだ。ナギのことだからこいつに休暇のことを言うわけがない。だとしたらどこの誰から聞いたのだろうか。



「ねぇ」
「んー?」
「なんで私がここにいるってわかったの?」
「…ふっふーん、さて、なんででしょう!」
「………」



 なんでかドヤ顔をしてくるもんだから少しだけイラッとしてしまった。眉間にシワが寄りつつも、誰かから聞いた?と言えばそいつは首を横に振り、違いまーす、とニヤニヤしながら言った。あぁ、なんか癪に触る。



「…なんでよ」
「降参?」
「降参するから教えて」
「てことは僕の勝ち?」
「はいはい、私の負け」
「へへ、正解はー」



 そう言いながらそいつはソファから立ち上がり私の隣に腰をかける。私は思わず後退り、そいつを凝視したらそいつは何を思ってか、私の手を握ってきた。暖かいそいつの手の温もりに、顔に熱が集中する。



「な、何すんの」
「え?だって僕が勝ったんだし、手くらい握ってもいいよねぇ」
「いつ誰がそんなこと決めたのさ!」
「僕、かな」
「離せバカ!」



 グッと握られて離せない状態に、どんどん身体が熱くなっていく。普段から抱き着かれていたからハグには免疫がついたが手を握られるのは未だに慣れなかった。



「で、正解なんだけど」
「もうそれはどうでもいいから離して」
「どうでもよくないよー、ここからが大事なのに!」
「はあ…?」
「正解は…」



 そいつの言葉に意味がわからないという顔をしていたら、そいつの顔が一瞬目の前から消えて、消えたと思ったら頬に柔らかいナニかが当たった。え、と思わず声が洩れる。目の前にはいつもと同じようにニコニコした顔をしたそいつがいた。



「正解は、愛!でした!」
「…い、いま何を」
「ん?ほっぺチュウ」
「えっ……」



 いまだ残っている感触に私は一気に頭に血が上り、慌てて立ち上がってそいつと距離をとった。顔が、身体が、全部が熱い。



「なな、な」
「ちょ、そんな過剰に反応しなくても」
「かか過剰に反応なんかしてないっつの!」
「ぷっ…あははは!そんな初なメイも大好きだよー」
「はぁ?!何いってんのバッカじゃないの!」



 余裕な表情で私を見るそいつが気に入らなくて、私は踵を返し部屋を飛び出した。決して逃げるためなんかじゃない。ただ本を借りに行くだけだ。そのついでにクラサメ隊長にチクって追い出してやる。

(2012/11/25)