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 部屋を出て魔法局に向かう。
 魔法陣から魔法局に移動すると、文官たちがえらく驚いた表情をして私を凝視していた。それを無視してドクター・アレシアの部屋の扉を叩く。


「ドクター、いますか?」
「き、きみ!何をやってるのかね!」
「何って、ドクターに会いたくて」
「今ドクターはいないです」
「!」


 急に後ろから女の子が話し掛けてきた。全く気配がなかったから気が付かなかった。
 その女の子はフードを深く被っており、顔が全く見えない。誰だろう、そう思いながらドクターはどこにいるのか聞いてみた。


「とにかくこちらへ来てください」
「え…」
「話したいことがありますので」
「………」


 話したいことってなんだろうか。とりあえずその女の子の言う通り、私は文官の制止を無視して大人しく女の子に着いていくことにした。
 魔法陣からチョコボ牧場へと移動する。チョコボ牧場にはいるはずのヒショウさんやオオバネさんは居らず、その代わりなのか知らない朱雀兵の人が立っていた。女の子はそのまま朱雀兵の方へ歩み寄る。


「リーン」
「おう…あ、こいつが例の」
「そうだよ」
「…あ、あの」


 この朱雀兵と女の子は知り合いらしい。朱雀兵は私をジロリと見ると、顎に手を当ててふーん、と呟く。なんだ、なんなんだこの二人。


「あ、ごめんなさい。私はティスって言います」
「はぁ…」
「俺はリーン・ジョーカー。改めて見ると案外他の奴と変わんねぇんだな」
「…何の用、ですか」


 改めて見ると、ということはどこかで見られていたのだろうか。その言い草に気持ち悪く感じながらも冷静に返す。
 私がそう言うと女の子は顔を見られないように俯かせながらも、はっきりとした口調で喋り始めた。


「何故、ドクターに会いたかったのですか?」
「…それを、キミたちに言う義理はないと思うんだけど」
「…ドクターはあなたに力は貸しません。クリスタルの間にも、入れないと思います」
「!」


 何故女の子はわかったのだろうか。
 二人のただならぬ雰囲気に、私は生唾を飲み込む。そして女の子がドクターのことを知っているような物言いに私は眉をひそめた。


「ドクターとは知り合いなんですか?」
「知り合いっつーより俺らも元々はあの人の側に居たからなぁ」
「あの人の側に居た…?」
「…詳しくは教えられませんが、あなたよりもドクターのことは知っています」


 朱雀兵の物言いに混乱する。元々はあの人、ドクターの側に居た、元々とはどういうことなのか。それじゃあまるで捨てられたような言い方じゃないか。
 女の子はおもむろに私に近付き、手を握る。


「今はまだ教えられません…が、あなたの力にはなります」
「え…」
「リーン」
「はいよ。今からテレポを唱えるから、少し待ってな」


 リーンと呼ばれた朱雀兵は魔法を唱える。
 女の子は私の手を握ったまま離さない。そんな女の子に私は話しかけた。


「キミたちは何者…?」
「…いつかわかります。ただ私から言えることは、あなたにあの人たちを救ってほしいから」
「あの人たち?」
「そう、輪廻を繰り返してきた、あの人たちを」
「唱え終わった。行くぜ、ティス」
「うん」


 それだけ言うとティスと呼ばれた女の子は私の手を離した。それと同時に自分の身体が光り始める。
 まだ聞きたいことがあったのに、そう思いながら手を伸ばしたがその子たちに届くことはなく、二人は目の前で消えた。


「今度こそ、成功するといいな」
「うん…そうだね」





 何かに引っ張られたあと、ゆっくりと目を開けると目の前には大きなクリスタルが目に飛び込んできた。多分これが朱雀のクリスタルなのだろう。
 目の前にある朱雀のクリスタルを見て、あのリーンという男の子が私をクリスタルの間に連れてきてくれたのだと理解できたが、突然のことに頭がついていけず呆然と立ち尽くす。


「…誰だ」
「!」


 男の人の低い声に私は慌てて振り返る。そこには朱雀のルシ、シュユ卿が目を丸くさせて立っていた。


「…何か用か」
「え、と…セツナ卿に、会いたくて」
「セツナに、か?」
「はい…」


 私がそう言うとシュユ卿はしばらく黙り込んだあと、待っていろ、と言うと踵を返しどこかへ行ってしまった。シュユ卿が行ったあと、はぁ、と安堵に似た息を洩らす。


「…朱雀のクリスタル、か」


 後ろを振り返り、朱雀のクリスタルをまじまじと見つめる。朱雀のクリスタルからは凄い魔力を感じるし、近くにいるだけなのに不思議と力がみなぎってくる。
 じわじわと身体が熱くなってくるのを感じていたら、突然耳鳴りに襲われた。


「……っ」


 その耳鳴りは今までで体験したことがないくらい酷いもので、立っていられなくなった私はその場で踞る。その痛みに耐えていたら、頭の中で誰かが喋っているような錯覚に陥った。


(総 て は 光 に 委 ね ら れ る)

「ひか、り…?」

(光 の 願 い は 我 ら の ね が い)

「……ねがい…」

(我 ら が 消 失 す る 刻)

「………」

(          )

「…え?」


 最後がよく聞こえなかった私は聞き返すが、それが返ってくることはなかった。踞りながらクリスタルを呆然と見つめる。
 今のは一体なんだったのか、この世の者とは思えない声だった。まさかクリスタルが喋っていたというのか。そんな、まさか…。


「…どうかしたか?」
「うわっ?!あ、セツナ卿…」


 気配もなくすぐ後ろで声をかけられたものだから、びっくりして身体が強張る。振り返った先にはセツナ卿が心配そうな表情をして私を覗き込んでいた。
 酷い耳鳴りが治まり立ち上がれば、なんだかスッキリしたというか、身体が軽くなったような気がした。


「主?」
「あ、すみません、えっとセツナ卿に頼みがありまして」
「…言うがいい」
「…はい、その、秘匿軍神のことなんですが」


 セツナ卿にクラサメ隊長を死なずにできるか、と聞いてみる。しばらく黙り込んでいたセツナ卿だったが、ひとつ瞬きをした後、ゆっくりと頷いた。


「できなくはない、が、その武官の魔力は全て無くなるだろう」
「……命は…」
「武官次第。生きるも死ぬも、その武官の生命力次第だ」
「…そう、ですか」
「生きるか死ぬか、武官次第となり、武官との記憶は皆消失してしまう」
「えっ?!な、なんで…」
「魔力は歳と共に衰える、しかし武官の場合、全ての魔力を軍神に捧げる、武官にとっては生命をも懸けて。だが全ての生命を懸けない代償として、人々の記憶から武官との記憶が消滅する…其の方がクリスタルにとって都合が良い」
「………」
「…その運命からは抗えない。それでも、主はその武官を護りたいか?」


 そう問われ、私は顔を俯かせる。
 隊長との記憶がなくなる、それは0組の子も一緒でこれまで隊長と過ごしてきた記憶がなくなり死者と同じ扱いになるということ。クラサメ隊長が記憶からいなくなるのは怖い。けれど会えなくなるのはもっと怖かった。
 0組とクラサメ隊長は最初こそギスギスしていた関係だったようだが、今はお互いを認めあい、お互いを気遣っている。0組の隊長はクラサメ隊長以外、絶対に務まらないと思うくらいに。


「…お願いします」
「……主の願い、しかと聞き届けた」


 そう言うとセツナ卿は私の頭に手を置き、優しく撫でる。ルシなったら感情はなくなると言われているのに、それが嘘なんじゃないかと思うくらい、セツナ卿は優しかった。