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 ジュデッカ会戦がとうとう明日へと迫っていた。
 魔導院内では候補生や朱雀軍が慌ただしく動き回っている。かくいう私もその1人で、各部隊を回っては武具の調整や食糧の確保などを細かく記録していた。
 先日の0組の女の子たちと買い物をしたことが遠い過去のように思えた。


「メイ、回復薬が足りないんだが調整はどうなってる?」
「今街から取り寄せているところです。数が数ですから、あと数時間はかかるかと」
「そうか…わかった。回復薬が届いたらユウグモに積めてもらえないか?」
「わかりました」


 ユウグモとは飛空艇のことだ。武官の言った言葉を頭の中に叩き込み、次の飛空艇へと急ぐ。手に持っている紙を見ながら歩いていると、誰かにぶつかってしまった。慌てて謝ろうと顔を上げると、ぶつかった相手はナギだった。


「よっ、働いてんな」
「ナギ!ん、まぁね…なんか動いてないと落ち着かなくて」
「そっか、まぁあんま無理しないようにな」
「うん、ありがと」


 そう言って笑えばナギは満足気に微笑む。「じゃあ私行くね」と踵を返してナギから離れようとするとナギはあっと声をあげて私の腕を掴んだ。ん?と首を傾げてナギに振り返ると、ナギは頬をかきながらヘラりと笑って口を開いた。


「連絡事項があったんだった」
「連絡事項?」
「そ、ついさっき決まったんだけど、西方の対皇国軍の方で予定されてた戦力に穴ができてな。0組から戦力をまわすように言われたんだよ」
「…そうなんだ。まだ0組には?」
「言ってねぇ。また後で伝える予定さ」
「何人くらい抜けるの?」
「0組は3人でも一個大隊くらいの活躍するからなー…そんくらいじゃねぇかな。一応、メモしとけよ」


 穴埋めは0組か、まぁ無理もないだろう。朱雀兵や候補生のほとんどはすでに配置を割り振られていて動けそうにない。0組は一人一人が能力が高く強いから、少人数いなくなってもむしろプラスの方向に働くだろうと議会は踏んだらしい。
 無理はしないでほしい、と思ってもこの状況じゃそうは言えないだろう。


「じゃ俺もサボってないで働くか」
「サボっ……はぁ、全くしょうがないなぁ」
「メイに会いたかったからつい、な」


 そう言うとナギは私の頬を撫でる。その行動に、胸が高鳴ったような気がした。
 「また明日な!」とナギは元気よく走って行ってしまった。それを見送り、溜め息をつく。
 なんだかジャックにあんなことをされてから、ジャックやナギを意識しはじめている自分がいた。自分が自分じゃないようで気持ち悪く感じる。


「…だから嫌だったのに」


 このどうしようもない感情に戸惑いを隠せない。わかりたくなかった、けれどもうこれ以上隠し続けていられなかった。
 まいったなぁ、そう呟き前髪をかきあげる。


「…とにかく今は作戦に集中しなきゃ」


 両手で自分の頬を叩き力強く走り出した。





 ジュデッカ会戦まであと15時間。時刻は3時を指していた。ほとんどの準備を終え、あとは出発するだけとなり部屋で一息つく。
 私は東方、対蒼龍の方を担当しているから0時を回る前にはもう朱雀を発たなければならなかった。
 椅子に座り最後に作戦内容を復習するためにプリントの束を見つめる。


「…クラサメ、隊長」


 西方、対皇国軍のルシ・セツナ秘匿軍神召喚部隊の指揮隊長の欄にはクラサメ隊長の名前が書いてあった。クラサメ隊長の名前をプリントの上から撫でる。


(…行こう)


 プリントの束を机の上に置き、椅子から立ち上がる。向かう先はセツナ卿のところだ。どこにいるかはわからない、でもルシならクリスタルの間にいる可能性は高い。
 そのクリスタルの間には武官や候補生は絶対に入れないだろう。どうすれば入れるか…。そう考えて、思い浮かんだのはドクター・アレシアの顔だった。
 何故ドクター・アレシアの顔が思い浮かんだのかはわからない、だけど行ってみる価値はある気がした。
 私はグッと拳を握り締め、勢いよく部屋を飛び出した。