自分を庇って死んだ者
珍しくジャックは墓地に来ていた。無表情なジャックの目の前には真新しい墓石が立てられ、そこには名前が刻まれていた。
「…メイ」
墓石に刻まれている名前を読み上げる。何も思い出せない。目の前にある墓石の地面の中には、メイという女の子の遺体が眠っているのに、メイという女の子がどういう女の子だったかさえわからなくなっていた。 ジャックは自分の手の中にある、ノーウィングタグをグッと握り締める。
この女の子が死んだのは自分の不注意だった。機械の音で皇国兵の気配に気付くことができず、自分が皇国兵に気付いていないとわかった女の子が自分を庇って殺された。呆気なかった。女の子の呻き声に気付いてやっと自分が皇国兵に殺られそうだったのだと気付かされた。 その皇国兵を斬りつけたあと慌てて女の子に視線を移したが、もう後の祭りだった。
「…庇わなくったって、僕は死なないのに」
マザーのお陰で、自分は生き返ることができる。自分以外に小さい頃からずっと過ごしてきた0組も、マザーのお陰で生き返ることができるのだ。 でも、この女の子はマザーの力では生き返らない。何故かと問えば、僕や0組はマザーの特別だから、マザーの子だから、とはぐらかされてしまった。これ以上マザーの困る顔は見たくないからそれ以上追求はしなかったけれど、納得はいかなかった。
「…無駄死にさせちゃったなぁ」
しかも相手は女の子だ。女の子に守られたなんて、悔しいし恥ずかしい。文句を言いたくても死んでしまえば文句も言えない。 あんなところにいるから死ぬんだよ、そうやって人のせいにしてみたが心のもやは晴れなかった。人のせいにするなんて、自分は何様なんだろう。
「おい、そこのお前」 「!」 「こいつの知り合い、か?」
後ろを振り向けばみんなのアイドルだと自称している男の姿があった。その手には花束が握られていた。 知り合いかと聞かれれば知り合い、ではない気がする。でもこの女の子のお陰で自分は怪我をせずに済んだのも事実。どう伝えればいいか迷っていると、その男は墓石の前に花束を置いた。
「ま、知り合いか知り合いじゃないか、なんて忘れちまったよな」 「………」 「あ、俺がなんでこいつと知り合いかって不思議に思ってんだろ?」 「………」
何も言っていないのに、何を口走っているんだ。反論しようと思ったが、確かに不思議に思ったから反論するのをやめ、静かに頷いた。 男は墓石に視線を送ったまま、喋りはじめる。
「俺、こいつから誕生日にバンダナもらったんだ」 「…バンダナ?」 「そ。これな」
その男の頭にはバンダナが装着されていて、これをもらったのだと指をさす。どうしてこの女の子からもらったのだとわかったんだろう。首を傾げてバンダナを見つめていると、その男は笑みを浮かべながら、カードだよ、と呟いた。 カード?誕生日カードのことだろうか。
「誕生日おめでとう、の言葉の下にこいつの名前が書いてあってさ。調べたら案の定こいつだったってわけ」 「…そうなんだ」 「しっかし、こんないいものをくれるなんてきっとただ者じゃなかったんだろうなぁ、俺の趣味よくわかってるわ」
そう言ったあと、ありがとな、と呟いた男の背中はどこか寂しそうだった。
その男が去っていったあと、男が残していった花束を見つめる。
「…ありがと」
なんでお礼を言うのか、それは自分を庇ってくれたからであって、それ以上も以下もない。 できればもうこんなことが起きないように、自分の分は自分で守れるようにしよう。そう決めたジャックは償いとして手に持っていたノーウィングをポケットにしまい、踵を返してその場を後にした。
(2012/10/07)
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